<Mより発信>
『事業連30年・中央支所20年記念誌』より中林貞男氏の「思うままに」という寄稿文を紹介し、その後のご紹介が途絶えてしまっていた。引き続きのご紹介を続けたい。
【『事業連30年・中央支所20年記念誌』より大竹 清「初代事業連専務理事に就任して」】
看板だけは大きく中味が小さい事業連だから発展するのに何十年もかかった事でしょう。
中央と支所を合わせると70億に達する由。まだまだ事業分量を結集する何倍かに達するでしょう。その意味に於て、西は灘生協の次家さんが引き受けると言ってくれたので、北だけ引き受ければ良いと私は考え、そして力のない事業連だから理事長には石黒先生を引っ張り出して看板を振り廻しました。先生には大変ご迷惑だったかも知れません。でも幸い日本生協連全体として発展しましたので、大変喜ばしいことと思っております。参加してくれた職員が夜10時頃を過ぎても残業手当を欲しいなどと言う人は1人も居りませんでした。将来生協が発展することを唯一の楽しみに努力を重ねたのだと思います。
私の石川島生協の理事長となりましたので事業連を辞任いたしました。
(事業連初代専務理事)
以上
(1)中林貞男氏

【2010/07/25 23:58】 | アーカイブ
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