勝部欣一氏の自叙伝『虹の歩み』表紙
<Mより発信>
木下保雄専務の追悼録からのご紹介を続けてきているが、私が日生協入協した時の専務の勝部欣一氏の追悼録はないかとデータベースを確認した。追悼録や遺稿集は見つからなかったが、1994年1月に発行された自叙伝はあった。その著作『虹の歩み』をご紹介したい。
㈱ほんの木発行のサイトの『虹の歩み』のページはこちら。在庫ありということなので、入手も可能である。
「虹」が国際協同組合運動のシンボルになったことについては、旧約聖書のエピソードを踏まえてノーベル文学賞受賞者のアンドレ・ジイドの兄の経済学者シャルル・ジイドがICAの執行委員として提唱したということを、こちらのブログに紹介した情報で言及されていたが、その言及が不十分で今ひとつ腑に落ちていなかった。
今回の『虹の歩み』の「まえがき」の言及でようやく納得した。
【勝部欣一『虹の歩み』まえがき】
なぜ「虹の歩み」か
虹は水の惑星であるこの地球で太陽と水蒸気の織りなす美しい気象現象であるが、ときに現われて多くの想いを導き出してくれる。
1988年10月、ストックホルムでのICA(国際協同組合同盟)の第29回世界大会のとき、ノーベル賞が渡されるので有名な市の大会堂でレセプションが開かれ、全員が入場しようとした直前、沛然(はいぜん)と雨が降り、それが上がったとき大きな虹が会堂の上にかかり、みなが一斉に、あっ、と声を上げた。(表紙の絵)
この大会中、街のメイン通りには虹の旗がかかげられていたが、素晴しい、思いがけないフィナーレであった。
つい最近亡くなった生協の名物男、富樫茂さんは国鉄をやめて大館生協(現秋田北生協)の理事長となり、その30周年記念大会があった日、大きな虹が約半日間大館市上空にずっとかかっていた。集まった全国の仲間とも、滅多にないことだと口々に語り合った。
1953年にユネスコの勤労者奨学生となりドイツのルーデスハイム・アム・ラインで国際協同組合青年大会に出席し、そこのおいしい白ワインで口が滑らかになり、「アーレ メンシュン ベルデン ブルダー」(すべての人類は兄弟である)とベートーベン第九の合唱部分をひいてスピーチをし、大変な拍手をもらったが、その会場の街には虹をぼかし染めにした虹の旗がいっぱいだった。
それに感動して帰国するとすぐ、虹の旗やバッジの普及を提案し、日本の生協のあらゆるところへ虹が出るようになったのである。
いまはメーデーなどカラフルであるが、当初は気はずかしくなるほど虹の旗は目立つ存在であった。
虹を国際協同組合運動のシンボルに決めたのは1924年に開かれたICA大会で、第二次世界大戦で烈しく戦い合ったものが、もう二度と武器では戦わないとの決意のもとに、フランスの協同経済学者シャルル・ジイド氏の提案で旧約聖書に「ノアの大洪水のあと人々が助け合うすがたを見て神が虹を現わした」とあるのを引用して、虹を平和と協同のシンボルに決めたのである。
そして7月の第1土曜日を国際協同組合デーとして平和と人類の福祉を祈ってきたが、人類はまた第二次世界大戦で原爆を含む大量な殺傷を行ったし、最近でもイラクでのテレビウォーもあり、旧ユーゴ、インドをはじめ、人種、宗教問題で衝突が絶えまない。
かつて戦争は食糧や石油等のエネルギーの奪い合いから始まっているが、今後は、世界的人口増加や貧困、飢餓、環境悪化等の問題を中心に予想のつかない地球号の危機の嵐に突入して行くことが予想されている。
虹を語っているゆとりさえないかも知れないが、今こそ、私たちの運動の理想と原点を振り返り、生活者の協同運動の価値と環境問題への具体的な対応策をともに考え、行動することが大切であると思い、あえて「虹の歩み」と題した。
この本は多くの仲間とともに歩んできた戦後50年間の生協、消費者運動の歴史の断片、あるいはいつ、どうして、何が起きたかなど諸事の「ことはじめ」や特徴を、そのときどきに記していたものをセミドキュメント風につづったものであり、それぞれのポイントについてコメントをつけた文集ともいえよう。
第1章から第3章までは、生協運動、消費者運動で半世紀を生きてきた私がそれらの運動にかかわる人と歴史について史実やともに運動をしてきた人々のエピソードなどの記述を中心としている。とくに身近にご指導いただいた賀川さんについてはその人格、仕事の幅の広さに一つの章としてまとめた。
第4章は、ここ10年来活動の中心においてきた地球環境問題とクリーンエネルギー、食糧の問題について、ブラジルの環境サミットやICA第30回大会への参加、デンマークやアメリカなどの研究で打開策を追求してきたが、その報告案をまとめたものである。
中には15年前に書いた古い論文もあるが、今なお提起した基本の考えは生かせると思い、あえて入れたものもある。いつ何を提案し、それがその後どう展開して行ったかを見ておいていただきたいと思う。
1994年1月
勝部欣一
以上

【2010/07/19 00:10】 | 文献紹介
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