【『追悼録 木下保雄』より追悼のことば】横浜生協理事長 菊田 一雄
5月31日の君の日協連葬は実に厳粛で、しかも盛大をきわめた。君を送るに過ぎるということはないと思う。
中林君はじめ各界のすべての弔辞は何れも切々たるもので、僕もいくたびか胸のつかえる思いだった。これは正に君の人徳であり、協同組合運動に生涯を捧げた君の一貫した生まじめな行ないが、すべての人々から尊敬され、心から信振されるに足るものであったという証左であろう。
しかし、どれほど尊敬され、どんなに惜しまれても、この世を去ったことほど残念なことはない。
首都圏生協の偉大な仕事を君の手で完うしてほしかった。
君と始めに会ったのは、僕が日協連(*日消連?)で働いたとき、本郷の教会の半地下室の家庭購買組合の本部であった。その後、君の全消協時代や消費組合青年連盟の時代も偶に会っていた。しかし当時は思想と信条を異にする君とは、それほど親しみ深いとはいえなかった。
ところが戦後日本協同組合同盟を結成するに当って、われわれは戦前のような形でなしに、左右とか立場とかの一切を超越して一堂に会し、同じ部屋でまったく心を一つにして活動することができた。
君はいわばクリスチャン・ソシアリストで、よい意味での純粋な協同組合主義者だった。また、それを自らも任じていたと思う。
君の生まじめな、いっこくな性格は多くの問題で論争の種にもなったが、常に笑みをたたえながら諄々と説く君にはいくたびか感服した。
とくに絶対不可侵の賀川先生の意見に、君は時に勇を鼓して真っ向から対立しながら自らの意見を主張して譲らなかった。君のそういう時の姿を今も忘れられない。
神奈川の商店吸収政策に対する君の意見もまた、後にその正しさは実証された。君は人を愛し、また自らを愛する節度の高い君だった。いくたび惜しいといっても、いい足りないような気がする。
木下君、安らかに眠れよ!
以上
*日協連:時代的に考えてもおそらく「日消連」の誤植であると思われる。
(その1)山本秋氏の追悼のことばはこちら
(その2)中林貞男氏の弔辞はこちら
(その3)今村譲氏の弔辞はこちら

【2010/07/15 12:16】 | アーカイブ
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