1937家庭購買組合.jpg
<Mより発信>
日本生協連のコープ商品第1号が1960年に生まれて今年が50年である。これまでの歴史記述に間違いも多々ある関係で、間違いも正しながら見やすく活用もされやすい年表を『コープ商品のあゆみ』というタイトルでベテランのY.Kさんと一緒に作成し、2010年3月に冊子版も発行した。
日本生協連のコープ商品を中心にしながら全国の生協の動きも含めて年代ごとに特徴もわかり一覧できるように5シートにまとめあげた。『日本生協連50年史』『現代日本生協運動史』上下巻・資料集を踏まえながら日本生協連の資料室にある資料で補いながら作成。
おかげさまで好評のようだが、会員生協におけるコープ商品の方が先に開発されていたのではないかというご指摘をいただいた。その通りである。日本生協連の資料室には全国の生協の年史等も保存されており、そちらを一通り押さえながら作成してはいるものの、必ずしも十分とはいえない。
その後あらたに見つかった資料(渋谷の大金庫室に眠っていた!)から貴重な情報が得られた。1968年(昭和43年)10月1日付けで関西支所が発行した『CO-OP 商品知識』という70ページほどの冊子に戦前のCO-OP商品情報がありました。以下、冊子より引用する。

【戦前の家庭購買組合のCO-OP商品】
「CO-OP マークが商品につけられたのは、確かな記録は残っていませんが昭和7~8年頃だろうと想像されます。当時、東京にあった家庭購買組合で商品企画をやっていた日協連木下保雄専務(1969年在職中に急逝)のお話では,家庭購買組合はその頃、次の4種類の区分で組合の独自マークとCO-OPマーク(現在、日協連で使っているのと同じ字体)を併用した商品を組合員に供給していたそうです。
■家庭購買組合のCO-OPマーク商品
①自己生産品と自家包装品:米(ビタB米)、砂糖、小麦粉、雑穀類
②トメ型商品(メーカーに指示して継続生産させるもの):醤油、バター、ケチャップ、牛乳、緑茶、紅茶、石けん、洗剤クレンザー、防虫剤、タビ  (Mによる注記:「トメ型商品」の説明は「中身の仕様はメーカー品と同じで容量や入数などを生協独自規格で生産させたもの」の方が適切と思われる)
③組合で小分けする商品:味の素、薬品 ④適宜つけた商品:各種食品、菓子など
このようにして,家庭購買組合で扱う商品の多くが,組合マークとCO-OP マーク入りの商品だったとのことです。灘購買組合や神戸消費組合でも、大体同じ頃、同じかたちで統一商品をすすめていたようです。」
木下保雄専務(協同組合人物略伝はこちら)は関西地方本部に1956年から3年間赴任していたので、関西の職員に過去のお話をする機会が多かったのだと思われます。木下専務が戦前働いていた家庭購買組合は、1919(大正8年)東京帝国大学キリスト教青年会と日本女子大学桜楓会有志によって設立された組合(初代理事長は吉野作造)でした。故・勝部欣一氏(元副会長)が子どもの頃に家庭購買組合員だったお母様に連れられて組合の文化企画にも参加されたというエピソードもあります。資料室には戦前の家庭購買組合婦人会の組合員啓蒙誌『ホームユニオン』が合本して保管されているので、全部に目を通してみたのですが、具体的な記事・広告は見つかりませんでした。
古い資料の発掘収集は今後も続けます。しかしながら、戦前からいろいろな潮流で設立された単位組合でそれぞれにCO-OP商品づくりが始まっていたことが、戦後の混乱期を経て、連合会のコープ商品づくりにつながっていることは明らかなようです。
以上
冒頭の写真は、『ホームユニオン』のグラビアに掲載されていた写真を携帯で撮影したもの。1937(昭和12)年5月、日比谷野外音楽堂にて開催された家庭購買組合の組合員一萬人達成祝賀・第11回団欒の夕(家庭購買組合の旗にある二重マルに逆三角が独自マーク)。
一年後の1938(昭和13)年4月1日に「国民総動員法」が公布になり、国民精神総動員運動では女性の活動が奨励されたため、家庭購買組合はしっかり組み込まれている。同年4月14日には軍人会館にて第9回家庭組合婦人大会を「組合婦人総動員・時局認識と銃後の母?家?(綴じ目で読めず)へ」というスローガンで開催。その時の写真が以下である。
1938家庭購買組合.jpg

【2010/06/14 18:04】 | アーカイブ
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2010/10/23(Sat) 16:43 |   |  #[ 編集]
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