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<Mより発信>
『生協運動』1959年1月号に「会長はつはるによせてかたる」として「社会進化と協同組合運動」という文章が掲載されているので、ご紹介する。翌年4月には亡くなってしまわれたので、『生協運動』に掲載された賀川会長年頭の辞はこれが最後。前年までのものに比べて見開き2ページにわたって掲載されている内容は、社会構造の分析、賀川経済理論の特徴、協同組合運動によって社会改革をすすめるという持論をわかりやすく展開しており、短いながらも貴重な文章と思われる。

【社会進化と協同組合運動】会長 賀川 豊彦
<社会進化の機構>
社会進化は五重の機構を持っている。生理的社会機構は第一段階である。
社会的組織は第二段階である。第二段階は、心理的機構がなければむすびつかない。これが第三段階である。それが政治的組織とからみあい、国家がうまれ、国家連合が出現する。これが第四段階である。心理的機構にたっていながら、時間的断層において現世面とはなれている第四次元の世界にたつものが「宗教」機構である。
第二機構の心理性の人間活動には、五段階全部をつらぬく経済機能、学習方面の智的教育機構、情意活動に表現をもつ芸術運動としての審美性のあらわれもある。
人間活動にはこれらの活動がすべて意識性をもたない場合でも、あるていどの潜在目的をもって、意識活動の基礎を形成する。
だから、経済活動は九つの機能のすべてに浸透し、その目的実現のための価値を発生する。経済運動がすべて合目的性にみえる功利主義的内容をもっているのは潜在意識性のためである。

<経済活動の心理性>
経済活動は社会心理的人間機能のあらわれである。それは、環境をも、人間生活に適当するためにつくりかえる。環境は、唯物的表現を持っている。これはマルクス派唯物史観のみかたをする人々が、人間そのものを唯物的存在とした理由である。だが、物質だけでは、法則性、変化性、適合性、成長性、選択性、生命性の非物質的要素を説明することはできない。だから私は、客観世界が物質世界に各種機能を顕現している諸現象を、すぐ物質活動であると断定することは.できない。この点において、私は、ソビエトや、中国の社会主義運動に敬意をはらいつつも、その哲学に同調しないのである。
経済運動は九つの人間活動のすべてに必要なものである。これをわくにはめたり、兵力、暴力によって、強制しても、なんのためにもならぬものである。空気は、容器にいれて、運搬できる。しかし、針の穴ほどの穴があいておれば、そこからぬけていく。生命の世界につながる人間意識は、空気よりさらに自由性をもっている。
この意識の自由性は、協同体によって、統制されるよりはかに統制の道がない。
協同組織運動は、この人間機能の根本にふれたものである。それは社会運動とともに経済活動である。その経済活動に人間生活の全部門を包括する。

<協同組織による新勢力>
マルクスは、「文明がその時代の生産の形式によって決定せられる」という歴史哲学的判断をあたえた。それにたいして、私は、生産の形式を決定する「意識」の内容をまずとりあげる必要があると思う。すなわち生産の形式を考案し、発明する意識活動が、生産の形式に先行するとおもう。
親指一本よりも五本の指が協力すると、想像以上の、あたらしき勢力が増し、くわわる。生産の世界において、分業が発明せられ、生産能力は幾百倍、幾千倍にたかめられた。協力は掛算であり、対数的増加の新勢力である。
これに対比して、消費の世界においても、協同購入、協同消費が発見せられた。この形式によって、資本主義的搾取と、独占と、権カの集中が排除せられることを発見したのが、イギリスのロッチデールの兄弟達であった。
この。ロッチデール協同組合の様式はべつにこれといって、あたらしさ、特長をもっていない。ただ、彼らは、生産者価格に余剰価値をくわえて、取引しないという倫理的価値運動を社会化したことに成功したのである。
英国中部における各都市で、協同組合の生産様式はだんぜん頭角をあらわした。だがヨーロッパの他の国においては、英国のごとくではなかった。しかし、北欧は英国の例にならった。ドイツにおいてはライファイゼン信用組合が、下層階級の金融に成功した。そして保険事業までが、その傘下に吸収された。アメリカでは資本主義が、協同組合の進歩を阻止した。しかし第二次世界戦争後、北米においても、農業協同組合の進歩はめざましいものがある。社会保険の領域においても米国の農協は四大農協の勢力がのびて、他の営業保険の勢力にまけない状態をしめしている。
しかし、協同組合運動は征服によらず、合理と理解による漸進運動であるから、政党運動のような急激な変化をみることはできない。だが協同組合運動は大木が年輪をくわえるように年ごとに増大していく。
日本の農村の協同組合保険は1958年期末において5000億円の契約高をもつようになった。それに比較すると、労働金庫を中心とする労働階級の協同組合保険はとるにたりない。生活協同組合保険事業が、農協にまけないていどに発展するならば、日本における市街地の生協運動もややみるにたるものになるであろう。1959年はこの方面をも、おおいに開拓し自己資金による組合金融をつくる必要があるとおもう。
以上

【2010/06/08 00:19】 | アーカイブ
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