<Mより発信>
『生協運動』1958年10月号に賀川会長の「労働階級よ、生協を重視せよ! 生協法10周年を迎えて」という文章が掲載されているので、ご紹介します。

【労働階級よ、生協を重視せよ! 生協法10周年を迎えて】日協連会長 賀川 豊彦
正しい意味で日本の民主主義運動が根をおろしたのは戦後である。
敗戦によって軍国主義がほろび、連合国の手によってはじめて民主々義が与えられたのである。
そうした日本の新しい出発と生協のたどってきた生協法施行以来十年の歩みとは完全に一致する。
苦しみもあれば混乱もあった。しかし、そうした中にも十年という歳月をへて、日本経済は完全な立ち直りを示したのにたいして、生協の現状はまだまだ満足するに足りない。
こうした状態は何を意味するか。
日本と同じように敗戦した西ドイツの生協は力強く生れかわって、民主経済に大きな役割を果している。西ドイツの労働階級は困難な中にも協力しあってそれをなしとげたのである。
私の観察では日本の労働階級の目覚めがまだ足りないのだと思う。
賃金と消費の二面から資本主義者に搾取されている労働階級が賃金斗争のみを行って、消費経済の組織を労働階級の支配下におくことに努力しないのでは、労働階級は永久に資本家の下に隷属させられるであろう。
日本の労働階扱が真に解放を求めるならばこのことは銘記せねばならない。
おそまきながら6年前に労働階級は労働金庫を作り、昨年は火災共済生協、今年は生命共済生協をもった。労働階級はこれらの組織に自分たちの金を集め、それを有効に使って自主的経済組織を作らねばならない。
第一に、労働階級の組織を母体に一市一生協で大きな地域生協を作りあげねばならない。
日協連としてはどうしても事業連合会を成功させねばならない。
労働階級のために住宅を建ててやるのも生協の仕事である。
こうして労働階級の衣・食・住の問題が生協の手で解決できるようになれば、労働組合の力も強くなるし、自らの文化さえ創造し発展させることができよう。
協同組合運動はノロマのようにみえるけれども、労働階級を資本主義の経済的搾取から解放するためにこれだけ多くのことができるのである。
現にイギリスやスエーデン、デンマークなどの国ではこれを実現している。
このことに日本の労働階級も一日も早く目覚めてもらいたいものである。
われわれが生協法施行十周年を迎えて、ささやかでも運動の基礎ができたのをよろこびあっているとき、保守党政府は警察官職務執行法、独占禁止法などを改悪し、民主々義を抑えつけることをたくらんでいる。
少数の資本主義者が巨大な富を独占してのさばるために、政府を動かして労働階級の日や耳や口をふさぐのは彼等の常套手段である。
われわれはこういう暴挙を断固許してはならない。そのためには労働階級も婦人も文化人も立ちあがる必要がある。
そしてこの反動政策を皆の力で押しとどめるとともに、労働階級が力をもった協同組合方式による新しい経済組織をつくりあげねばならない。

われわれはまた明日から新らたなる十年の目標をたてて進む。
来るべき二十周年には、生協が民主経済の基盤としての地位を踏みかため労働階級の生活のすみずみまで生協の力が行きわたっているようにしたいものである。
以上

(Mより追記)
「連合国の手によってはじめて民主々義が与えられた」と書いていることは、わかりやすさのためだろうと推測。生協法ができた1948年の1月、アメリカは対日政策転換声明を出している。その前年5月に施行された日本国憲法が、対日政策転換前の日本の民主化を推し進めていたほんの一時期の歴史的な産物だったことの幸せをよくよくかみ締めなければと思う(インディーズによる映画「日本の青空」で日本国憲法ができた時代がよくわかるのでおすすめする)。
生協法制定10年の間にも、朝鮮戦争が起き、それによる特需で日本経済が再建され、再軍備がすすむという、対米従属のもとで今の日本社会の原型ができてしまった。保守反動政策に身体を張っても抵抗しようという賀川豊彦の気概を感じ取ることができる文章だと思う。特に警察官職務執行法反対の運動の中で中林貞男専務に「一緒に牢屋にいこう」とまで語ったエピソードは、あらためてご紹介したい。

【2010/05/26 18:56】 | アーカイブ
トラックバック(0) |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 


トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック