<Mより発信>
日生協に就職が内定した後で、事前学習用にテキストが渡された中にジョージ・ヤコブ・ホリヨーク 著の『ロッチデールの先駆者たち』があり、「消費組合は労働組合と双子のように生まれた」という認識を持った。大学で会社法のゼミで「労働組合の経営参加」というテーマでイギリスの状況も勉強していたので、かなり親しみを感じたものだった。
その後、全国の生協の中で労働組合がないところもあると知って驚いたものだが、日生協労組の学習会や生協労連の学習会に参加したり、資料を読んだりする中で、生協における労使関係もなかなか難しいものがあるのだということがわかってきた。
『日協連』1956年9/10号で日協連会長賀川豊彦の「生協従業員に与える」という文章が掲載されているので、以下にご紹介する。

【生協従業員に与える】日協連会長 賀川 豊彦
日本のように人口の多い国では、社会の下積みになっている従業員の苦心は相当なものである。その証拠には生活協同組合の従業員が落ち着かないで、次から次へ仕事を求めて変って行く人が多い。それというのも敗戦後のまずしい日本の政治と経済のなかで、生活協同組合の経営も決して楽なものではないからである。その中で気の毒なのは従業員諸君である。
最近ようやく、落着いてきたから、単位生協も、やや方向を見出すことができるようになった。元来、生活協同組合には大きな理想がある。それは搾取なき社会の創造というとである。もしもこのことが実現するならば階級斗争も無用になり、国際戦争も不必要になる。最初レーニンは労働組合だけあれば生活協同組合はいらないと思っていた。それでレーニンは1917年、生協、つまりロシヤの消費組合を解散してしまった。しかし、レーニンは、消費組合の必要を痛威して1921年4月、ふたたび消費組合を組織することにした。なぜ労働組合だけでは足りないのか、それは社会を構成するものが労働者だけはないからである。しかし、彼らもみな胃袋をもっている。この社会全体の幸不幸も考えてあげねばならないことが、消費組合必要の理由である。労働階級がこの他の階級のことも考えてやるか、あるいはそれらを、奴隷視するかによって、社会の安定に非常な差が生じる。それでどうしても、労働階級がこの、従属者を世話する義務がある。すなわち消費組合を作ってこの人たちが安定ある社会生活を送りうるようにしてやらねばならない。

協同組合が社会の中心となるためには、協同組合が経済組織の中心になる必要がある。それには第一、協同組合が自己の資本によって衣食住全部を精算し得るような方向に持って行かなければならない。それには金融も考えねばならぬ。そのために協同組合は労働金庫くらいで満足せず、生命保険組合をつくり、損害保険も経営し、銀行のすべての組織を労働階級が支配しうるような体勢を整える必要がある。そうなると、教育制度の研究をしなければならない。自分も研究し、子供らをも、将来、搾取なき社会をつくる人となるように協力していかねばならない。そのためには、社会組織の方法をも研究し、政治行政の理論と実際についても知っておかねばならない。したがってその根本に横たわる社会連帯意識、すなわち文化的精神的方面をも深く研究しておく必要がある。
こうなると、生協の従業員諸君も組合のために働いているかたわら、夜学に通うて、大学教育を受けるとか、あるいは通信大学の過程を終るとかする必要がある。この向上心がなければ、将来理想的社会組織を創造するための指導者になれない。
生協に働く青年が、理想的社会の建設のために立上りうるためには生協の当局も従業員に時間を与えて勉強してもらうようにし向けねばならない。そうしなければ、従業員も続けて一組合に働けない。
そこで生協当局も、従業員諸君に労働組合を作ってもらい、すべてを打ちあけて話し、労働組合のカによって生協がのびゆくように相談する必要がある。
英国では1844年以来112年間、生協(消費組合)が続いているけれども、ストライキがあったことは一度もない。3度ほど争議はあったという。だがみな無事にすんでいる。従業員が百数十万人もあり、総人口の50%近いものが、組合員になっていても、面倒なことが起らないというのは民主主義的訓練の行きとどいている英国だといえば、それっきりだけれども、従業員もえらいし、消費組合の当局も非常に経営の才に富んでいると考えなければならない。

英国のCWS(全英国卸購買組合)を創立した人は、ジョン・ミッチェルという人である。この人はロッチデールのある居酒屋の女主人の私生児として生まれ、18才の時まで日陰者として非常に暗い生活を送った。しかし、かれはロッチデール市のホープ・メモリアル教会の牧師に見出され、ロッチデールの消費組合の従業員として働くようになった。私生児で恥しいというので帳場のかげにかくれて、こつこつと仕事をし、下からたたきあげて行った。そして、このミッチェルが、毎日馬車で、約14マイルはなれたマンチェスターまで通い、世界一の消費組合連合会を作り上げた。つまりジョン・ミッチェルの人格的背景なくして英国の消費組合連合会は生れなかったであろう。
それで、日本においても同様なことが云えると思う。下からたたきあげた生協の配達をしているような人でも、その人の苦労が、他日、日本の生協の基盤になるということを考えて、自重してもらわねばならぬ、と私は思う。
スエーデンの消費組合についても同じことが云える。25年ほど前、スエーデンの消費組合の傍系組合に生命共済組合があった。1931年の大恐慌時代、その専務理事はアルヴィン・ヨハンセンであった。彼は生命共済組合の積立金の融通を受けて、思い切り大きな生産事業に手をつけた。今日、スエーデンが世界の模範的組合国家になれたというのもまったく、名もなきこのヨハンセンの努力の結果であった。私は日本においても、ミッチェルやヨハンセンがこれから出てこなければならぬと思う。
以上
(Mによる追記)
日本生協連の会長だったお二人がスウェーデン生協連からアルビン・ヨハンソン・ゴールドメダルを授賞されています。日生協第4代会長(1985年名誉会長)の中林貞男氏が1989年に、第5代会長(1993年名誉会長)の高村勣氏が1995年に受賞。当時、生協界のノーベル賞という説明をされましたが、今回の賀川豊彦資料で言及されているアルヴィン・ヨハンセン氏のことだと思われます。
調べていってこうしてつながると嬉しくなり、調査意欲が刺激されます。
Wikipediaの「ロッチデール先駆者協同組合」の項もご紹介しておく。

【2010/05/17 00:48】 | アーカイブ
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