<Mより発信>
『日協連』1956年2/1号に編集部による連載「生協史の断面」の(4)として「賀川さんのアメリカ遊説(1935~6)」という記事が掲載されている。賀川献身100年を記念した事業の中で日本で初めて出版された『友愛の政治経済学』のもとになった講演が全米で展開された時のものと思われる。

以下、2回に分けてご紹介する。

【生協史の断面(4)賀川さんのアメリカ遊説】その1
1936年の1月1日、アメリカのインディアナ州にあるインディアナ・ポリス市の第一バプテスト教会には全米のプロテスタント派団体の大部分、州又は市のチャーチ会の牧師、教会職員、有力信者等約300名、又40余名の消費組合職員、ファーム・ビュロース・グレンジ(農会営販購組合)、農民教育並に協同組合連盟、アメリカ労働組合同盟の代表者が集まり、数名の政府官吏もまたオブザーバーとして出席していた。
この大掛りな集会は、日本から招かれた有名な説教者賀川豊彦氏を中心にして持たれた消費組合運動の研究会であった。この集会はプロテスタント教会指導者が消費組合について、始めて持った大規模なものであったが、ここで満場一致を以って教会連合会協議会ならびに同研究会に参加せる各宗教団体に対して、次のようなよびかけを行うことが決議されたのである。
『近き過去に於て、諸教会団体は、協同組合促進のための諸決議を行った。われわれは既に地方教会内に存在する諸団体は協同組合運動が賀川の比類なき戦斗的生活によつて例証されており、かつ、又合衆国その他の諸国に発達し来れる運動なるが故に、これが研究をなすべきものと信ずる。教会はこの問題研究のために、他の公衆団体との協力を求むべきである。われわれは賀川の合衆国への旅は、必ずや我国の協同組合運動に前古未曾有の関心を捲き起させるものと信ずる。教会はこの高まり来る関心を、協同組合事業に実際参加するように導くことに努力すべきである』

<百万の聴衆を集める>
賀川さんはこの年半年にわたり米全国に120回の講演を行い、70万から100万の聴衆を集めた。このなかで賀川さんはキリスト教精神にもとずく協同組合論、ならびに平和論を述べ、アメリカ協同組合連盟は、『日本の賀川豊彦氏は6カ月のアメリカ旅行により組合教育を受け(ママ、授け?)、多数の人々に消費組合が世界平和の経済的基礎なる所以を会得せしめた』とさえ云っている。
1929年(昭和4年)の世界的な大恐慌については記憶しておられる方も多いであろう。この大恐慌が資本主義諸国に与えた影響は極めて大きなものであった。失業者が増大した。アメリカでは1929年に186万であったものが33年には1,318万人と実に7倍に近い激増ぶりであった。1,318万人と云えばアメリカの世帯数の3分の1と見てよい。この事情を反映して労働争議の件数は3倍弱に、参加人数は4倍に急上昇している。
このさなか1933年にアメリカ大統領となったルーズヴェルトがいわゆるニューディール即ち〝新しい方針〟を打ち出したのは、この社会的危機を何らかの形で解決すべき必要に迫られてのものであった。もちろんニューディールがもっていた本質的な意義は恐慌後の独占資本の再編成を助ける強力な財政投融資にあったのだが、一方現在のアメリカの政治を見ているものには創造できない位理想主義的なものを持っていたことはたしかに認めなければならない。これがために資本家側からの抵抗も大きく、このニューディールの骨幹をなした産業および社会立法の一大体系は2年あまりの間に殆んどがいろいろな形で圧殺されているのである。

このなかでもニューディールは器に(ママ、実に?)仕事としても決して見逃し得ない数々のものを残している。たとえば有名なTVAがある。ソヴエトの大自然改造の向うをはったものであるが、テネシー河渓谷に行なわれたこのアメリカ版大自然改造は充分にソヴエトのそれの向うをはりうるものであったし、実際ソヴエトがこれを凌駕し得たのは例のヴォルガ・ドン運河以降のことである。TVAはニューディールの下にのみ可能であったのであり、このようにニューディールは実り多き面を持っていた。

<協同組合とニューディール>
ところでこのTVAのなかで、協同組合経済が重要な役割を果したことは知る人も少ないであろうが、あまりにも明かな事実である。協同組合経済の発展という政策は、圧殺に常にひんしていたニューディール政策の最も理想主義的な部分であるということができる。ルーズヴェルト大統領は1935年改組せる産業復興法に基いて、全国復興局内に特別消費者部門を設けた。その目的は特殊産業における価格ならびに、価格政策を研究し、生産分配上の難点を除去すること、公衆を教育して、品質の標準等級を一層広く使用せしめるよう勧奨すること、アメリカ合衆国における消費組合の発達を助成せんがために、内分の消費組合を研究すること、消費者評議会を組織して報道を集め、それを配布し、かつ公的政策ならびに経済活動において、消費者の利益を監視することにあった。

アメリカの消費組合の主要な消費者層はもっぱら、針製造工、鉄道工夫、炭鉱夫、織物工、其の他の工場労働者であった。もちろん29年恐慌の影響をもっとも深刻にうけなければならなかったのはこの人々にちがいない。この情勢のなかで、労働組合と消費組合はお互いに結びついて行くことが相互の活動力の増大のために大切であることを知るようになり、ついにCIO(アメリカ労働総同盟*末尾に注記あり)とアメリカ消費組合連盟との提携が成立することとなった。これが33年からのニューディールと相俟って1934~5年に組合員数、および売上高において驚くべき増加を示した原因となった。
このニューディールの精神的基調となったのがキリスト教であった。このように思想的な裏付けまでも意識的に用意したという点にニューディールの非常に周倒極まるものであったことを示して興味深い。賀川さんの云うように『理想なき運動』は危険である。その反対にニューディールはそれがまた限界ではあったのだが、キリスト教という筋が一本通っていたのだ。

その2へ続く

(Mによる注記)
文中にCIO(アメリカ労働総同盟)とあるが、当時はAFLのはずである。1934~5年ということからいって、AFLからCIOが分裂する前だからである。
Wikipediaの「アメリカ労働総同盟」の項を参照

【2010/05/14 00:47】 | アーカイブ
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