<Mより発信>
『日協連』1955年11/20号に第4回中堅幹部講習会の特集があり、その中で賀川会長の講義内容を編集部がまとめて掲載したものがある。以下、ご紹介する。

【生協運動は日本の独立運動である】賀川 豊彦
 (文責は編集部にあります)

<社会改革の手段として>
協同組合運動は1844年ロッチデールの兄弟たちから始まったものだが、こゝはマンチェスターの人口のランカシャー地区で紡績の中心地である。そこに1844年頃にストライキがあり、まけた。その労働階級のうち28人が団結しロッチデール・パイオニアという運動を始めた。この連中は大きな原則を7つ決めた。自分たちでは意識していなかったが、この原則は消費組合運動の科学的な基礎をはじめてすえたものとなった。
〔ロッチデール原則〕
1.門戸の開放主義
2.一人一票主義
3.市価主義と現金制度
4.購買高に比例した割戻制度
5.配当制度と剰余金の一部積立制度
6.政党政派及び宗教教派に対する中立厳守
7.教育の尊重
ドイツの労働組合は協同組合が労働組合の力をよわめると云うが、英国では始めから生活の安定、失業の減少、浪費の排除を目指して労働組合が協同組合を育成してきた。
ロシヤの協同組合は1917年11月7日の革命以後階級斗争のじゃまになると云って解散させられた。それから21年4月までのあいだに400万から450万の人が飢饉によって死んだが、この情勢成のなかで、レーニンは解散させたのは誤りであることを認め、新たに労働組合中心の協同組合を作ることを許可した。階級斗争だけでは社会主義はできぬと考えたのである。
資本主義社会のなかで第一の罪悪は搾取である。協同組合は〝利益の払い戻し〃によって非搾取主義をつらぬく。第二の問題は資本の集積である。協同組合はこれに対して資本の地方分散という政策をとる。第三には資本の集中に対し、資本の分権主義、第四は無制限な資本主義的競争に代うるに協同組合の自己統制、第五に浪費に対し、協同組合はむだをはぶく、第六には失業者の増大に対する完全雇傭政策、第七には恐慌をもたらす不信用に対してたすけ合いの精神にもとずく信用組織、第八は生活不安に対して生活安定をもたらし、また資本主義は階級斗争の激化や暴力革命をもたらすのが、協同組合運動によればこのような改革手段によらないでも、労働階級を生活不安から救いあげることができる。

<協同組合は社会科学の発明だ>
大正13年4月普通選挙の施行と共に協組が労組を中心に次第に組織されるようになった。大阪には向上会というものを作ったが、私はその頃、〝死線をこえて〃でもうかったので、その何十万円かをこの組織につぎこんだ。その後大阪のはつぶれかゝっているが一緒につくった神戸のものは借金は大分あるが資産があるのでまだまだ安泰だ。東京ではかなりカを入れたのだが、あまり大きな組織がない。戦災でみんなやられてしまったことにもよる。
灘の組合は那須善次郎という株屋さんが、金があまったので使ってくれということで、それでは消費組合をつくれということになり、百万円を出させて、灘の組合ができた。
このように大阪、神戸には大きな組合があり、始めからかなり大きな規模のものとして作られている。これに反して戦災にあったとはいえ、東京で協同組合運動がなかなかのびていないのは、往時、東京では、社会主義・共産主義・サンジカリズムが渦巻いており、この混乱が、運動の発展を遅らせたのである。
ゾンバルトのあげた無産階級の特殊性、すなわち生活不安・不信用・従属性・失業、これを階級斗争、暴力革命を経ずして克服するには、この協同組合運動によらなければならない。暴力革命であったフランス革命の第一回目には250万人もの人が死んでいるのである。
自然科学に発明があるのと同じ様に社会科学にも発明がある。その発明の一つが私は協同組合なのであると思う。フィンランドはロシヤと4年間戦って敗れた。人口は400万、ロシヤは2億、この50分の1の国が4年間戦い続けることができまたさらに敗戦後も独立を維持している。この国力を支えているものゝ一つが協同組合、もう一つがルーテル派教会である。私は終戦後、日本の独立を図るために協同組合をやろうと考え、神保町の現救世軍本部の建物に事務所をおいて運動をはじめたのだ。生協運動は日本の独立運動である。

<道徳的再建をはかれ>
現在日本の協同組合運動が発展しないのは道徳的頽廃の故である。農協は貧農を離れ、農村は保守党の町村合併によって都市化して精神的運動が弱くなっている。農協関係者が1年に490件も刑事事件を起している。諸君も、もし組合が有限責任であるというのをよいことにして浪費をす
るようなことがあれば、組合運動家としての資格がないのだ。もし借金ができればあくまでも自分で背負っていくという気がまえがないとだめだ。
人間の行為は最も次元の低いものから順に、生理的部分・心理的部分・意識的部分・全的部分というように分けて考え得る。
生理的部分については私はマルクスの唯物史観が適用できると思う。心理的部分とは潜在意識の部分、意識的部分とは実は半ば覚醒した意識の部分であり、又全的部分とは完全に覚醒せる意識の部分で、これは宗教である。このように唯物論の適用できない道徳的・精神的部分が協同組合の信用組織を支えるものでなければならない。
私は生命保険協同都合というものが今後重要であると考える。労働者の住宅を建て、被服や食糧を生産するためには、是非とも生保による長期金融が必要だ。この長期信用は協同組合においては道徳的・精神的なものを裏付けとしなければならないことに留意すべきである。
農協では7年前から生保をやり、150億の契約ができている。10年後にはうまく行けば1兆に達するかも知れない。アメリカでは1936年に始まり、現在4つの生保協同組合がありその一つはアメリカ第二の規模を持っている。ドイツでも信用組合はヒトラーのカを以ってしてさえ倒せない強固な組織をもってきたのである。
以上

【2010/05/10 00:17】 | アーカイブ
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