「平和とよりよい生活のために」石黒武重先生揮毫50%縮小
<Mより発信>
 全国の生協の役職員向けの「CO・OP手帳」の表紙裏には、「平和とよりよい生活のために」という達筆の揮毫とカッコ書きで(1951年3月日本生活協同組合連合会『創立宣言』より)と注記が入っている。1985年より前からずっと入っているが、近年になって由来がわかるようにと注記が追加されていた。ところがこの注記により、日本生協連の創立宣言自体が毛筆で書かれていてそこからの抜粋と思っているという誤解をしている方が何人もいることを知って驚き、またそもそも手帳の裏の揮毫はどなたの手になるものかを調べたことについては既にこちらで記事アップしている。
その記事はこちら

今回は、そもそも日本生協連の創立宣言そのものを読もうとしてインターネット検索をしても見つからないし、すぐに読みたい場合はどうしたらよいかというお問合せをいただいた。そこで、日本生協連創立50周年事業として編纂された『現代日本生協運動史・資料集』(CD-ROM版)』から、「日本生活協同組合連合会創立総会議案書」より「日生協創立総会で採択された綱領、創立宣言、平和宣言」の部分をご紹介させていただく。

【日生協創立総会で採択された綱領、創立宣言、平和宣言】
綱 領
一、本連合会は生活協同組合相互の友交を深め、組織の全国的統一強化を図る。
一、本連合会は搾取なき社会の建設を目指し、勤労大衆の生活の向上を図る。
一、本連合会は国際協同組合同盟を支持し、世界平和の確立を図る。

創立宣言
 日本における生活協同組合運動の歴史は実に棘の道であった。この過程において心ならずも戦列を去った同志は幾人かあった。
 しかし、いま、われわれは更に重大な民族の興亡を決する危局に直面している。平和は全人類の悲願であるにもかかわらず、第三次世界大戦の危機は迫り、国際情勢は極度に緊迫している。われわれ協同組合運動者は第二次世界大戦の惨禍を自覚し、国際協同組合デーには常に「平和の使徒」たらんことを世界の同志と共に誓い合って来た。平和と、より良き生活こそ生活協同組合の理想であり、この理想の貫徹こそ現段階においてわれわれに課せられた最大の使命である。
 われわれはその使命を強力に達成せんがため、今日、日本生活協同組合連合会の創立総会を挙行した。この全国連合会の結成はわれわれのかねてよりの願望であり、久しい間の懸案であったが、ここにその全国の力が結集され、統一連合会として巨歩を踏み出したことは、日本の生活協同組合運動史上に一大エポックを画するものと確信する。かく考えると新連合会の使命は真に重大であるが、われわれの周囲には解決しなければならない問題が山積している。即ち消費生活協同組合法は欠陥に充ち、金融の道はとざされ、全く現資本主義経済機構はわれわれの成長を拒否しているとさえいえる。しかも時局の進展は再統制の徴をさえ示し、勤労大衆の生活は再び大きな犠牲に供されようとしている。
 われわれは新しい出発に際し、日本に於ける生活協同組合運動の苦闘の歴史を正しく継承すると共により大きな団結の力をもってこの祖国の危局に対処し、われわれの前にある一切の障害を打破し、生活協同組合の活動の自由と勤労大衆の生活擁護のために闘うことを誓うものである。
 全国の同志諸君!日本生活協同組合連合会の下に団結し、われわれの主体的体制を強化し、国際協同組合同盟の旗の下に力強く前進しよう。

平和宣言
 われわれは原子爆弾の悲惨な体験を通じ戦争に対し強い憎悪の念をいだいている。然るに今や再び戦争の危機は増大し、国際情勢は極度に緊迫している。
 しかし平和の保証がなければ勤労大衆の生活権の擁護は絶対に達成されない。国際協同組合同盟が常に世界の協同組合運動者に対し、平和への決意と行動を訴え、平和経済体制を確立しようとつとめているのも右の目的を達成せんがためである。
 われわれは茲に日本生活協同組合連合会の結成に際し、この国際協同組合同盟の方針を堅持し、平和の決意を新にすると共に生活協同組合運動を通じて世界平和と勤労大衆の生活擁護のために闘うことを誓うものである。
 右宣言す。
1951 年3月20 日
195103日生協「創立宣言」原本70%縮小.jpg
上の写真は、「創立総会」資料より「創立宣言草案」のガリ版刷りの原本。「草案」に×がついたり、書き込み修正が入っている。筆文字で書かれているわけではないことがわかる。

※日本生協連の資料室では『現代日本生協運動史・資料集』(CD-ROM版)』の総目次を全3巻の冊子版掲載分との照合情報も含めてエクセルファイルで作成し、キーワード検索機能ができるようになっています。四ツ谷の主婦会館の5階なのでアクセスは便利です。気軽にご利用をおすすめします。

【2016/02/13 12:55】 | 文献紹介
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hassy
 昨年亡くなった髙村勣さん(元日本生協連会長)が、1980年に“生協運動と平和”に関して綴った文章がありました。『生協人間(追悼展特別編集版)』収録。同著には、平和をテーマにしたエッセイが多く収録されています。

平和への決意
 平和を語ることがなんとなく勇気ある発言という感じになってきている。それほどにキナ臭いということである。善隣友好条約によってソ連がアフガン侵略を始めた。強いアメリカを唱えるレーガンが大統領に選ばれたのは、日本で自民党圧勝と同根の国民感情からきていると分析されている。
 1958年、戦後初めてのICAアジア大会に故田中組合長と共に参加した賀川豊彦は、アジアの協同組合の仲間に平和を訴えた。1957年のICAストックホルム大会に出席した日生協の中林会長も平和問題を協同組合に提起し、今年のモスクワ大会では、中林会長の平和提案が各国の共感を呼び高い評価を得たのは、日本の生協運動の一貫した世界平和への熱意であった。
 政治的対立で分裂していた広島・長崎での反原爆、平和訴求への運動を統一集会にまとめてきたのも日生協を中核とした中立諸団体の貢献が大きい。11月5日の全国生協大会での中林会長のアピールは、生協運動が果たさねばならない平和への役割であった。
 今こそ政治やイデオロギーの立場を超えて、暮らしを守る平和への希求を生協運動の根源に位置づけることを決意表明しなければならない時代がやってきた。
「まど」(1980・12・ 1)


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 昨年亡くなった髙村勣さん(元日本生協連会長)が、1980年に“生協運動と平和”に関して綴った文章がありました。『生協人間(追悼展特別編集版)』収録。同著には、平和をテーマにしたエッセイが多く収録されています。

平和への決意
 平和を語ることがなんとなく勇気ある発言という感じになってきている。それほどにキナ臭いということである。善隣友好条約によってソ連がアフガン侵略を始めた。強いアメリカを唱えるレーガンが大統領に選ばれたのは、日本で自民党圧勝と同根の国民感情からきていると分析されている。
 1958年、戦後初めてのICAアジア大会に故田中組合長と共に参加した賀川豊彦は、アジアの協同組合の仲間に平和を訴えた。1957年のICAストックホルム大会に出席した日生協の中林会長も平和問題を協同組合に提起し、今年のモスクワ大会では、中林会長の平和提案が各国の共感を呼び高い評価を得たのは、日本の生協運動の一貫した世界平和への熱意であった。
 政治的対立で分裂していた広島・長崎での反原爆、平和訴求への運動を統一集会にまとめてきたのも日生協を中核とした中立諸団体の貢献が大きい。11月5日の全国生協大会での中林会長のアピールは、生協運動が果たさねばならない平和への役割であった。
 今こそ政治やイデオロギーの立場を超えて、暮らしを守る平和への希求を生協運動の根源に位置づけることを決意表明しなければならない時代がやってきた。
「まど」(1980・12・ 1)
2016/02/26(Fri) 15:55 | URL  | hassy #-[ 編集]
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