賀川豊彦著『小説 キリスト』表紙
<Mより発信>
2012年に復刻出版された賀川豊彦著『協同組合の理論と実際』についてのご紹介に続いて、もう一冊、賀川豊彦の復刻出版本のご紹介をさせていただく。
『協同組合の理論と実際』の解説も書いていただいている加山久夫氏(賀川豊彦記念松沢資料館前館長)により、今年の3月に賀川豊彦著『小説 キリスト』が80年ぶりに復刻出版された。
この間、お世話になっていることもあって限定出版のご案内をいただいた際に購入させていただいたが、ハリーポッターシリーズの単行本のような大きくて分厚い本であり、通勤の電車の中で読むことはできず、職場において一人ランチの際に少しずつ読み進めてきた。現代かなづかいで読みやすいとあったが、文字のサイズも大きいし、文章が平易なのがよかった。賀川の小説は、多くの人に読んでもらいやすいように書いているので、ノーベル文学賞に何度かノミネートされたが決定には至らなかったという話もある。惜しいとは思うが、平和賞の政治的な利用という側面もみているので、悔しい思いは抱かないようにしている。

イエス・キリストの生涯に関しては、少年少女版の偉人伝で読んだことしかないが、この著作のイエスには賀川豊彦が重なってみえた。当時のローマ帝国の支配に対する抵抗運動の中で、イエスをリーダーに祭り上げられようとする人々と距離をおいて、イエスが困っている人のために全ての力を出し尽くして献身し、「神の王国」をつくるための教えを人々に説く姿は、弱者のための社会運動をしながら教えを説く賀川が模範にしたものだろう。加山久夫氏の「編者あとがき」にもまさしくそのような解説があった。
「牧師である賀川が社会運動に関わることについて、私はイエスの弟子であるゆえに、社会運動を行うのですと語るように、彼の幅広い社会運動の思想と実践の根底には、イエスのように行きたいという彼のキリスト信仰がありました。」
さらに加山氏は、賀川豊彦の小説世界を論じた文芸評論家の辻橋三郎が、この作品を『死線を越えて』三部作と共に、賀川の自伝系小説に位置付けて書いていることを紹介している。
以下、その文章もご紹介する。
 「イエス主義者とは、イエス・キリストにならって、十字架の道を実践する者の謂であるようだ。ということは、イエス主義者にとって、イエス・キリストは、まさしく彼の原点であり、原理であるということだ。そこで、そのイエス・キリストを描いた、この小説『キリスト』は、イエス主義者としての自己確立の書、イエス主義者としての貧民問題との対決の書、イエス主義者としての資本主義との対決の書、に続く、イエス主義者としての自己の原点、原理の書、ということができるのではないかと思う。さらに言えば、実存の地点でイエスに倣い、イエスと共に生死しようという、賀川の決断の書ということができよう。いわば、小説『キリスト』は、賀川の自伝小説のみならず、虚構系小説の原点、原理であり、賀川文学のすべての集大成でもあったのである。」 (辻橋三郎『近代日本キリスト者文学論』54頁)

「十字架の道の実践」ということについて考えたこと。ユダヤ教の神は人間たちの堕落が極まると天変地異を起こして滅ぼすぐらいの罰を与える。ノアの方舟のような大洪水も然り。イエスの時代も、イスラエルの民の多数派は弱い人々を傷つけても自分や家族、帰属する集団だけがよければいいと心を堕落させて生きていて、その人々を父なる神が罰しないでくださるよう、自分が人々の罪を代わりに背負って命を投げ出すことで神が赦してくださる、その姿を人々に見せ、言い伝えさせることで人間が心を悔い改めて正しく生きられるようにすることなのではないか。

荒ぶる存在に対して生きた物を供物に捧げるということは、八岐大蛇に美女を生贄に捧げるという日本の神話にも登場するが、どうにもなかなかピンとこない感覚だ。それでもイエスの生きた時代では、神に赦しを乞うためには命を捧げることが当たり前だったのだろうと理解した。
他人の罪のために自らが命を捧げる「贖罪愛」ということでキリストを信仰する気には、私自身はやはりなれないが、キリスト信仰を精神的エネルギーの源にして多くの人々の救霊・救貧活動や防貧運動をした賀川豊彦は尊敬する。何をよりどころにするかは一人一人違っていてよい。

人々が支え合って、みんなの力で社会をよくしてみんながよりよく生きられるようにするために協同組合が役割を発揮できるようにしていきたいとあらためて思えた。
皆様にも一読をおすすめしたい。

【2014/08/15 21:00】 | 文献紹介
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