<Mより発信>
【横関武氏「三人の思い出」のうち、能勢克男に言及した部分】
能勢先生は京都の戦前戦後を通じて、生協運動の理論的実践的指導者であった。私は、同志社大学生協の経営再建のために、神戸生協の涌井専務の許可を得て京都に帰って仕事をしていたが、やっとその任務を終えたころに先生は私をご自宅に呼ばれた。

そのとき先生は、「神戸には二つの立派な地域生協がある。京都は残念ながら地域生協は実質上なくなってしまった。このままでは住民の暮らしと民主主義は根付かない。生協は今のままでは創れない」「戦争は終わり、素晴らしい憲法をもてたが、日本の社会は相変わらず男の縦社会のままである。婦人を中心に地域に民主的な横の社会をつくることが重要だ。家庭でも社会でも婦人の参加がないと民主主義は育たない。参加する(パーティシペイトリー)民主主義が生協の原動力である。誰もがおおらかにのびのびと生活するには、女性の社会的な地位向上が欠かせない。暮らしの要求で、婦人と若者が街に生協のあるコミュニティを創ってほしい」「君達大学生協の若い力でこの役割をお願いしたい。どうぞ同意してください」と懇請された。先生当時66歳。生協への思いの深さを知った。

先生はまた、京都の1000年の民衆の協同の歴史を、平安朝の頼母子講や祇園祭など町衆の協同の智恵から戦前戦後の生協の歴史に至るまで椅子から身を乗り出すようにして語られた。憲法学者で弁護士でもある先生は、人権と民主主義を最も大切にされる人だった。「頼もしき隣人たらん」が公私ともに生活を貫く信条であり、人の痛みをもっとも深く知る人だった。おかげで私は迷うことなく生協を「人の痛みを知る人間の集まり」と信じて実践するようになった。また、戦前の苦い経験から生協に理念は民主性と合理性を重んじなければならないと強調された。私はこの理念で正義感と勇気をもって生きようと誓った。

こうして、京都を皮切りに全国大学生協連合会での意思統一となって、1960年代後半から70年代にかけて、全国各地で大学生協の献身的支援による地域生協設立運動が広く展開されていったのだった。
大学生協が何故地域生協を支援しなければいけないのか。これについては随分長く精力的な論議があったが、能勢先生の提起はこうした論議とその後の大学生協による地域生協づくりの大きな契機となった。
戦前戦後、京都の地域生協出発の司令塔だった下鴨の先生の邸宅は、先生ご夫妻が亡くなられてからは「能勢記念館」として京都生協の理事会が引き続き運営管理し現在に至っている。

激動のさなかにあって平和も生活も不安定となり、モラルも乱れている。平和で安定した暮らし、そして良識がごく普通に通用する社会と世界にするために、21世紀を協同の世紀と位置付けて、協同組合運動が発展することを願いたい。国の内外を問わず、地域社会から喜んでもらえる生協運動が伸びゆく事を切に願って、生きている限り見守ってゆきたい。

(終了)

【2010/05/01 00:11】 | アーカイブ
トラックバック(0) |


Kより
日本の生協の歴史では、賀川豊彦氏だけでなく、東京では本位田祥男氏(東大経済学博士)、京都での能勢克男氏・嶋田啓一郎氏(同志社大教授)など理論的指導者がいたんだなと思いました。
大学生協の地域生協支援の源流が、能勢先生と横関氏の「京都の地域生協再建」にあったんですね。

★Kさま
Mより
能勢先生の魂こもる要請を受けて横関氏たちが「洛北生協」をつくり、今の京都生協になっていったという歴史の原点が語られているところです。

大学生協の地域生協支援・設立の取り組みについて、その背景や目的について、今の生協職員でわかっている人はあまりいなくなってしまったのではないかと思っています。
戦後の日本の民主化運動の中心になった労働組合運動もやはり男性中心のものであり、職場職域組合では職場を超えて広がっていくものではなかったわけです。
地域に根ざした民主化運動として、主婦を組織した生活協同組合をつくって大きくしていくことが大事だと考え、それを担う若い力を大学生協で頑張っていた役職員に求めたのですよね。
そのあたりをお聞きする機会をもちたいものだと思っているところです。

コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
日本の生協の歴史では、賀川豊彦氏だけでなく、東京では本位田祥男氏(東大経済学博士)、京都での能勢克男氏・嶋田啓一郎氏(同志社大教授)など理論的指導者がいたんだなと思いました。
大学生協の地域生協支援の源流が、能勢先生と横関氏の「京都の地域生協再建」にあったんですね。
2010/05/02(Sun) 06:46 | URL  | Kより #-[ 編集]
★Kさま
能勢先生の魂こもる要請を受けて横関氏たちが「洛北生協」をつくり、今の京都生協になっていったという歴史の原点が語られているところです。

大学生協の地域生協支援・設立の取り組みについて、その背景や目的について、今の生協職員でわかっている人はあまりいなくなってしまったのではないかと思っています。
戦後の日本の民主化運動の中心になった労働組合運動もやはり男性中心のものであり、職場職域組合では職場を超えて広がっていくものではなかったわけです。
地域に根ざした民主化運動として、主婦を組織した生活協同組合をつくって大きくしていくことが大事だと考え、それを担う若い力を大学生協で頑張っていた役職員に求めたのですよね。
そのあたりをお聞きする機会をもちたいものだと思っているところです。
2010/05/02(Sun) 12:53 | URL  | Mより #9I5CiGdQ[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 


トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック