1957.2「消費者宣言」が採択された第1回全国消費者大会.jpg

<Mより発信>
資料室に歴史的な情報提供のリクエストがけっこうくるようになった。職員が取引先などに聞かれてその回答をしたいとこちらに問合せがきたりもする。参考になりそうなので、今回はその一例からご紹介してみる。
【日本でも戦前から「消費者運動」はあった?!...】
質問は以下の2点だった。
①「消費者」という言葉の起源を調べています。日本での起源をお教えいただけませんか?
②日本生協連主催で、昭和32年(1957年)に全国消費者大会なるものが催されているようですが、その頃すでに消費者という言葉が一般的であったのかどうか?すみませんが、以上2点お教えいただければ助かります。

私の回答は以下の通り。
ご質問の①、②に即答するような書き方にはなっていませんが、以下、1~3へと読んでいただければ大体、回答になっているのではないかと存じます。
1.「消費者」という言葉の起源について
以下、Wikipediaの「消費者 」の項や『現代日本生協運動史』なども踏まえて大幅補筆。
そもそも「消費者」(英語:consumer)とは、「生産者」と対になった経済学用語であり生態学用語。財やサービスを消費する 主体のことである。食物連鎖では動物のこと。前者について以下、記述。
具体的には、代価を払って最終的に商品を使用する、もしくはサービスを受ける者のことで、貨幣経済が生まれた時からの概念と思われる。
イギリスで18世紀から19世紀にかけて起こった産業革命以降、世界各国で産業の変化、資本主義経済化が大きく進展し、賃金労働者が大きな層として生まれた。自給自足で生活できなくなり、生活に必要な商品をお金を払って手に入れるしかない賃金労働者、その他の勤労者が「消費者」として大きな集団を形成した。しかしながら組織化されていなかったため、事業者に対して発言する力を持たず、弱い立場に長らく立たされていた。
イギリスでは労働者階級の形成とともに、さまざまな社会運動が生まれた。労働問題の改善のために労働組合が、生活の改善のために生活協同組合が双子のように生まれたとされる。特に生活協同組合の中でも悪徳商人からの収奪を受ける消費者問題から身を守るために消費生活を改善するための消費組合がロッチデール公正先駆者組合の成功後、世界に広がっていった。
日本においても列強諸国に追いつけ追い越せの「殖産興業」「富国強兵」政策のもと、産業資本の確立と労働運動が生まれてくる。その中で日清戦争後の物価高騰で労働争議や「米騒動」が発生した。1900年には産業組合法が治安警察法と同時に制定される。産業組合法はドイツ法を踏まえたのでそういう名称になったが、主には中産以下の産業者のためのもので、法的には副次的に生協にも適用になり、「購買組合」という名称で認可された。
1890年代になると「消費組合」という言葉を安部磯雄や石川三四郎など一部の識者が使い始め、運動の側が消費組合を名乗るようになった。例えば1921年に認可・発足した神戸購買組合は1924年に神戸消費組合と名称変更している。
2.「消費者運動」の日本における起源について
Wikipediaの概説のところでは、以下のようにあるが、明らかに間違いと思われる。
「日本では1945年に大阪の主婦らが粗悪品追放を掲げて「おしゃもじ運動」を起こした。これが日本における消費者運動の始まりともされる。1948年には主婦連合会(主婦連)が「不良マッチ運動」を起こした。」
以下、『現代日本生協運動史』などを踏まえて補筆。
1929年の世界恐慌以来の不況に東北地方の米の凶作が重なった1932年6月、東京の下町・三河島で失業者とその家族が町長と警察署長官舎に「米をよこせ」と押しかけ、政府米の払い下げを実現した。「米よこせ運動」は関東消費組合連盟・消費組合連盟傘下の消費組合が労働組合・農民組合などと一緒に取組み、各地で払い下げを獲得した。
その後も、1939年(昭和14年)の米の不作後に困窮した都市部の労働者その他消費者が食糧確保のために怠業する者も出て社会問題化したため、各地で関係行政団体と連絡協力する活動が現れたという一覧がある(日本生協連創立50周年記念事業で編纂された『現代日本生協運動史』の資料集にある史料「戦前の消費者団体連盟の活動」)。その後は戦時統制経済下に全ての社会運動が窒息させられた。
(3.戦後の「消費者運動」について 以下は下を開いてください)
冒頭の写真は1957年2月に歴史的な「消費者宣言」が採択された「全国消費者大会」(『消団連三十年の歩み』より)
3.戦後の「消費者運動」について
以下、『日本生協連50年史』を踏まえて補筆。
敗戦直後から、戦前の協同組合関係者は連絡を取り合い、活動を再開。食糧確保の難しい状況を乗り切ろうと、町内会、職場の単位で雨後の筍のように生協がつくられた。1945年に設立された日本協同組合同盟が制定運動に取組み、1948年に制定された「消費生活協同組合法」に基づき、生協の全国連として日本生協連が1951年に設立された。
日本生協連の副会長になった奥むめおは、戦前から婦人運動とともに消費組合運動に関わっており(関東消費組合連盟婦人部も設立)、日協同盟中央委員となり、1947年の婦人参政権が実現した選挙で国民協同党公認で参議院議員全国区で当選していた。台所の声を国政にということで1948年に主婦連をつくって会長にもなっていた。
朝鮮戦争(1950年6/25~1953年7/27休戦)後の政治経済の変化により、中小小売業者が反生協の気勢を上げ、中小業者のカルテルを認め生協を規制するような反消費者立法の動きを展開。日本生協連は主婦連、総評などとともに反対運動に取り組んだ。その共同行動の進展のもので消費者団体としての統一組織の必要性の認識が高まり、1956年12月、全国消費者団体連絡会(全国消団連、会長は中林日生協専務)が結成された。
全国消団連は1957年2月、全国消費者大会を開催し、22都道府県から800人の代表が参加し、反消費者立法への反対を決議し、奥むめお主婦連会長・中林日生協専務の起案による「消費者宣言」を採択した。「『資本主義は両刃の剣である。労働者として搾取され、消費者として搾取される』と私達の先達は叫びました」で始まるこの宣言は、カルテル行為強化などを反消費者の動きとして糾弾し「すべての物の価格と品質は消費者の意思を尊重して決定」すべきであるとして、「消費者大衆こそ主権者であることを高らかに宣言」した。
以上


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3.戦後の「消費者運動」について
以下、『日本生協連50年史』を踏まえて補筆。
敗戦直後から、戦前の協同組合関係者は連絡を取り合い、活動を再開。食糧確保の難しい状況を乗り切ろうと、町内会、職場の単位で雨後の筍のように生協がつくられた。1945年に設立された日本協同組合同盟が制定運動に取組み、1948年に制定された「消費生活協同組合法」に基づき、生協の全国連として日本生協連が1951年に設立された。
日本生協連の副会長になった奥むめおは、戦前から婦人運動とともに消費組合運動に関わっており(関東消費組合連盟婦人部も設立)、日協同盟中央委員となり、1947年の婦人参政権が実現した選挙で国民協同党公認で参議院議員全国区で当選していた。台所の声を国政にということで1948年に主婦連をつくって会長にもなっていた。
朝鮮戦争(1950年6/25~1953年7/27休戦)後の政治経済の変化により、中小小売業者が反生協の気勢を上げ、中小業者のカルテルを認め生協を規制するような反消費者立法の動きを展開。日本生協連は主婦連、総評などとともに反対運動に取り組んだ。その共同行動の進展のもので消費者団体としての統一組織の必要性の認識が高まり、1956年12月、全国消費者団体連絡会(全国消団連、会長は中林日生協専務)が結成された。
全国消団連は1957年2月、全国消費者大会を開催し、22都道府県から800人の代表が参加し、反消費者立法への反対を決議し、奥むめお主婦連会長・中林日生協専務の起案による「消費者宣言」を採択した。「『資本主義は両刃の剣である。労働者として搾取され、消費者として搾取される』と私達の先達は叫びました」で始まるこの宣言は、カルテル行為強化などを反消費者の動きとして糾弾し「すべての物の価格と品質は消費者の意思を尊重して決定」すべきであるとして、「消費者大衆こそ主権者であることを高らかに宣言」した。
以上

【2011/10/24 18:38】 | 情報
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T.Iさんより下記の情報をいただきました。感謝!
Mより
神戸大学附属図書館新聞記事文庫(http://www.lib.kobe-u.ac.jp/sinbun/)の検索によれば、明治時代から「消費者」、1920年代から「消費者運動」の言葉が掲載され始め、「消費者運動」の場合はロッチデールなど消費組合の紹介でのみ使われているようです(1922.4.22-1922.5.5掲載の連載「消費組合の現在と将来」というものの二回目が初出?)。
これは海外事情の紹介なので、日本でこの時期に消費者運動があったことを示すものではないですが、消費者運動が消費組合の関連で初めて紹介されたことは強調してもいいかもしれないなと思いました。

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T.Iさんより下記の情報をいただきました。感謝!
神戸大学附属図書館新聞記事文庫(http://www.lib.kobe-u.ac.jp/sinbun/)の検索によれば、明治時代から「消費者」、1920年代から「消費者運動」の言葉が掲載され始め、「消費者運動」の場合はロッチデールなど消費組合の紹介でのみ使われているようです(1922.4.22-1922.5.5掲載の連載「消費組合の現在と将来」というものの二回目が初出?)。
これは海外事情の紹介なので、日本でこの時期に消費者運動があったことを示すものではないですが、消費者運動が消費組合の関連で初めて紹介されたことは強調してもいいかもしれないなと思いました。
2011/10/28(Fri) 20:14 | URL  | Mより #9I5CiGdQ[ 編集]
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