<Mより発信>
引き続き『生協運動』1960年4月号の故賀川会長追悼特集よりのご紹介。
【賀川豊彦先生を悼む】神戸生協専務理事 涌井安太郎
「賀川さん、あなたは世界と日本の良心でした」という秋田雨雀氏の弔電は、賀川豊彦先生70年の生涯をしのぶ、もっとも適切な言葉であった。
賀川先生の一生は、まずしいもののために、献げつくされた一生であったと思う。
よれよれになった黒の背広に黒のネクタイ、ずぼんは大きな布で補強されていた。大きめのボストンバックも、革の色がはげかかっていた。いつもそのようなかざらぬ姿で、全国をかけめぐっておられる先生だった。
「まずしいものの友、賀川先生」サンタクロースのように、ひょっこり神戸にあらわれる賀川先生をむかえるたびに私はそうおもうのだった。
最後にお目にかかったのは、昨年の12月であった。
「せっかくとおいところからこられたのだし、今日は気分もよいようだから、お目にかかりなさい」といわれる奥さまの御言葉で、2階の寝室にあがってお目にかかった。
1年ちかい病床の生活で、げっそりおやせになった先生のお姿に接して、私はなにを申しあげることもできなかった。だまっておじぎをして、先生の御顔をみつめていた。先生はほそい真白な手をだして、しずかに私の手をにぎってくださった。
ききとりにくい小さい声で、先生は「来年になったら神戸にいくよ」とおっしゃった。ああ、先生はこんなによわっておられるのに、と私はおもった。
かえりしなに奥さまは、「いつもあんなことを申しておるんです」とおっしゃった。
1年4ヵ月の御病床の先生、世界のために、日本のために、まずしい人々のために、なにをどんなにおいのりになりながら、先生はおすごしになられたことだったろうか。
賀川先生の死とともに、ジャーナリズムは連日、にぎやかに賀川豊彦評をかかげた。一世の英雄となすもの、俗臭紛々たる事業家であるとなすもの、毀誉褒貶、諸説まことに紛々である。
しかし、私には、そのどれもが「賀川豊彦」を適確につたえているとはおもわれなかった。
とぎすまされた良心、みずみずしいばかりの魂をもって、世界の悪と、人間のかなしい運命とにむかって、ひたむきにとりくんで、たたかってこられたのが賀川豊彦先生の一生であったとおもう。
この世の名声や、権勢等は、賀川先生にとってはおよそなんの魅力ももってはいなかった。そしてときには、事業の成否までもが先生の魂にとっては第二次のものであるかのようにすら、みうけられた。
「魂の彫刻」という賀川先生の旧著がある。そのなかに「表現せられたすべての彫刻は、自画像である」という言葉がある。
私は賀川先生の畢生の事業は、その「魂の彫刻」であったのだとおもう。鏤骨の努力によって、みずからの魂の彫刻に余念のなかった賀川先生のすがたが、あるときは偉大な伝道者であり、あるときは献身的な社会事業家、そしてときには労働運動、農民運動のリーダーであり、平和運動、協同組合運動の実践者であったのである。
いつの場合にも、わが道をいく賀川先生、その事業のすべては、「自画像」であった。評価をうくることを目的とした事業家ではなかったのである。
「死線を越えて」のなかに感銘深い一節がある。「社会がくるっているのか、私の頭がくるっているのか」青年新見栄一は矛盾のおおい悲惨な日本の現実に、なやみ、もだえ、真剣にいのるのである。
まことに、新見の苦悶といのりこそが、賀川先生の出発点であり生涯の縮図でもあった。
「良心」は賀川先生にとっては十字架であった。一生をとおしてそれをにない、それゆえにくるしみそしてまたそれゆえに光栄をえた十字架である。
賀川先生はまずしきもの、しいたげられるものの、くるしみを、しればしるほど、その勝利を信じられた。それが基督教の信仰であった。
賀川先生は、協同組合運動の困難をしればしるほど、その勝利の日をかたく信じておられた。先生の偉大さはここにあったのだと私はおもう。
私のいただいた先生の筆蹟に、
五月雨に襁褓かわかず大阪の
にごれる街の煤煙かなし
としるした賀川先生の色紙がある。その添書に、大協連の再建をともに誓いし涌井君に、と記してある。私にとってはまことに光栄身にあまる添書である。
大協連の再建はついにならなかったが、賀川先生衷心のねがいは多くの全国の同志たちにうけつがれて、日本の生協運動のささえになってゆくことであろう。
今年も五月雨の季節がくる。しかし私どもの賀川先生はいまはない。しかし私には「来年になったら神戸にゆくよ」とおっしゃられた先生の言葉がいまもなおいきているのである。
以上
(Mより追記)
涌井安太郎氏についても、これまで何度かご紹介している。検索欄に名前を入れると該当記事のリストが出てくるが、横関武氏が神戸消費組合時代にお世話になったエピソードにふれた記事をこちらにリンクしておく。
『思いで集』より横関武氏の「三人の思い出」のうち、涌井安太郎氏に言及した部分

【2010/09/21 18:57】 | アーカイブ
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