20100312賀川豊彦研究会で講演する福田繁さん20%縮小.jpg

■日時 2010年3月12日(金)18:00~20:30
■会場 コーププラザ4F小会議室2
■講演テーマ
「日本生協連創立の頃の想い出 ~賀川初代会長、当時の日本の生協のこと~」

■講師:福田 繁氏(元日本生協連専務理事)                 
■参加者:労組員14名、非労組員7名 計21名

■概要報告:K代表+Mによる文責
研究会では、「賀川豊彦献身100年記念」の2009年度の最後の特別企画として、賀川豊彦初代日本生協連会長の生前を知る福田繁氏を講師にお願いし、講演会を開催。福田元専務は、81歳になられるのに大変お元気で、戦前・戦後の様子や賀川豊彦元会長の想い出を90分にわたり講演していただいた。
講演の前に参加者が全員自己紹介をしたところ、福田氏が日本生協連に在籍された頃に、氏からお世話になった方も多く、何十年ぶりかの再会という感動的な場面もあった。

福田氏は、1950年頃、東京大学生協の学生専務理事で、1951年の日本生協連の創立の発起人に名を連ねることになった。日本生協連のスローガンを検討していた時に、東大の学友が「平和とよりよい生活のために」と考えついたので、その案を福田氏が発起人会で提案し、採択されたという。
1956年に経営指導部長として日本生協連に入協し、会計分野の基礎を築かれた。福田氏は、戦後の日本協同組合同盟から日本生協連創立する過程で、賀川初代会長が最も重視されたことは、「大同団結」「分裂しないこと」であったと強調された。のち会長になった中林貞男氏も、相手の言い分をしっかり聞く姿勢を貫き、日本の生協をひとつにまとめてきたと話された。戦後、60年以上も分裂しない組織が生協だけというのも、先人のおかげであると思った。

福田氏は、日本生協連の創立から1990年近くまで、生協運動のリーダーとして活躍され、まさに生協の戦後の歴史そのものと感じた。大変貴重な勉強をさせていただいた。

(後日写真を追加)
冒頭は、講演する福田繁さん。
下の写真は、懇親会後にコーププラザ1階ロビーにある賀川豊彦像の前で福田さんを囲んで撮影した記念写真。
20100312コーププラザロビー賀川豊彦像台座前で福田繁さんを囲んで70%縮小.jpg

【2010/04/13 00:43】 | 主催企画報告
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2010/04/14(Wed) 23:40:11 |  ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記