20131214受け継ぐつどい全体会(1)

<Mより発信>
先にご紹介させていただいたノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会の「ヒロシマ・ナガサキを語り、受け継ぐつどい」に参加してきたのでご報告いたします。
【2013/12/14 「ヒロシマ・ナガサキを語り、受け継ぐつどい」】
■開催日時
2013年12月14日(土)13:30~16:30
■開催場所
LEN会議室「新御茶ノ水」

■開催内容
(1)全体企画
1)地元テレビ局製作の山口仙二さんの追悼番組上映
14歳の時に長崎で被爆された山口仙二さんは、長く被爆者運動の先頭に立ってこられ、1982年の第2回国連軍縮特別総会で日本の被爆者として初めて演説したことで有名な方だ。今年の7月に82歳で亡くなられ、地元のテレビ局によって追悼番組がつくられた。火傷が治っても顔や体に大きく残ったケロイドによりからかわれ、差別され、原爆症に苦しみながら長崎で原爆青年乙女の会をつくり、やがて全国的なリーダーとなられた。その山口さんを支えたのが美容師として働き続けた奥様だったということはこの番組で初めて知った。山口さんの被爆による苦しみ、この悲惨な体験を誰にも繰り返さないよう、日本政府に被爆者への国家補償を求め、世界には核兵器廃絶を訴え続けたその生き様に、その思いを継承していくことの大切さが伝わってきた。時間の関係で全部観ることができなかったが、全部を観る機会があればいいなと思えた。
wikipediaの「山口仙二」さんの項はこちら

2)日本被団協事務局次長の木戸季市さんからのご挨拶
日本被団協は、国家補償の立場にもとづく被爆者援護法の制定を日本政府に要求してきたが、あらゆる戦争被害を国民は受忍すべきという立場にたつ直接被爆者のみに医療補償をするという矮小化された法律ができてしまった。それを改正させる運動をしているとの現状のご報告もあり、短時間ではあるが被爆者運動の大きな流れ、被爆者の闘いの歴史的な意味が理解できた。

(2)分散会
(分散会1)少人数での被爆証言の聞き取りとグループディスカッション:4グループに分かれ、それぞれ東京、千葉、埼玉からの被爆者の語り部のお話を聞いて参加者どうしの対話をした。
(分散会2)取り組みを進めるヒントになる各地での取り組みの交流

私は分散会1に参加したが、少人数グループでの聞き取りに参加する2回目の機会となった。これまでよくあった大きな会場で講演いただいて数人による質疑応答と感想文を回収して語り部にフィードバックする取り組みと違って、少人数グループによる聞き取りは顔と顔がみえる関係でお話を聞くと思いも含めて感じとりやすく内容の受けとめ方が深くなり、語る側と聞く側、参加者どうしの対話のキャッチボールの中で感じたり考えたりする相互作用が強くなるということが、その2回を通じて確信をもてた。(こちらでの内容は省略する)

(3)まとめの全体会
1)分散会報告:各グループ代表からの報告をお聞きして共有化した。下の写真のように語り部が当時の記憶を呼び覚まして描いた絵を使ってのお話もあったとのこと。
20131214受け継ぐつどい全体会(4)

2)今後の取り組み提起
冒頭の写真が、今後の取り組み提起をする伊藤事務局長。以下の3点が提起された。
①それぞれの地域、身近なところで被爆者の証言に耳を傾け、語り合う場をつくりましょう。
②被爆者の証言、受け継ぎ手の思いを記録に残し、それぞれの地域から発信していきましょう。
③「ヒロシマ・ナガサキを語り受け継ぐネットワーク」に参加してください。また、それぞれの地域で取り組みを結ぶゆるやかなネットワークをつくりましょう。

3)この取り組みを全国に広げていくための「呼びかけ文」の確認
東京高校生平和ゼミナールの女子高生が読み上げて会場の拍手で確認された。

当日は45名の参加があり、NHKの取材も入っていた。
ネットワークの次回日程は、年が明けて2014年2/15(土)13:30から主婦会館プラザエフ5階会議室で開催されるとのこと。こうして少しずつ各地の取り組みが広がり、継承の担い手が育っていけばよいと思えた。

<関連記事>
11/2の「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産の継承センター(基本構想)」の実現をめざすつどいの参加報告

【2013/12/15 23:54】 | 情報
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