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<Mより発信>
参議院選挙の結果は、低い投票率となって現政権を勢いづけてしまうものとなった。民意を反映しにくい選挙制度の問題も大きいが、とにかく投票に行かない有権者の多さに今の日本社会の民度が問われているように思われる。

こちらのブログのリンクにある「コラボ・コープOB」ブログにリンクされている「リベラル21」の7/27付けの参院選結果についての早房長治氏の記事を以下にご紹介したい。タイトルがまさに「同感!」だった。

「平和・安全・安定した生活への闘いは続く」
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【2013/07/31 23:58】 | 情報
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岩波文庫「植木枝盛選集」表紙画像
<Mより発信>
友人に岩波文庫の『植木枝盛選集』をすすめられ、お借りして読んだ。
なんと編者は教科書裁判で有名な家永三郎氏。母校中央大学で私のお隣の政治学科の教授に着任された時に、一度授業を傍聴しにいった。マンモス私大の大教室がいっぱいで、いかに話題の人かを痛感したものだ。申し訳ないがお話の仕方はあまりインパクトがなかったので、それっきりになってしまったが、『植木枝盛選集』の巻末の解説の文章を読んで30数年ぶりに後悔した。あまりにも面白い文章で一気読みした。

Wikipediaの「植木枝盛」の項はこちら
戦前、憲法学者で法制史家の鈴木安蔵が植木枝盛を研究し、終戦後に民間の有識者で結成された憲法研究会に参加。研究会が1945年12月に発表した「憲法草案要綱」で、鈴木安蔵は植木の憲法案を参考の一つにしたと明言している。 鈴木安蔵は「映画 日本の青空」の主人公だっけと、映画を観た記憶とつながった。
Wikipediaの「映画 日本の青空」の項はこちら

戦後は家永三郎によって研究が進められたということで、この選集も家永氏による。本文を読まずに解説だけで感想をアップされている「amamuの日記」さんの記事に共感した。
この本全体については、「法学館憲法研究所」の水島朝穂さんの紹介記事がわかりやすい。

植木枝盛は、人間の生きる目的を幸福になることとしており、そのために必要なのが自由であり、その自由は何者にも保障されるべきだと考え、民権を主張する。立憲民主主義の根底にその思想がある。身分や納税額や男女などあらゆることでの不平等もなくし、教育をきちんと受けて主体的に生きる人間がそれぞれ幸福になることを追求しながら、皆の参加で力を合わせてつくりあげる社会を描き出す。地方自治を徹底し、地方の組織を調整するために中央政府が必要と考えている。

世界の国々の関係についても同じように発想され、世界公法のもとに無上政府(国連のような組織?!)を組織し、大国と小国も対等平等に関係を結ぶという論を展開する。それぞれの国民の幸福のためには大国もどんどん小国に分割して運営していく方が主体的に関わっていきやすいという考え方にはびっくりさせられる。国家というものが不要になる時代の到来もイメージされている。

家永氏の解説に触発され、植木枝盛本人の著作を読み進む。さすがに明治時代の文章ですいすいと読めるというわけではないが、自由民権運動の演説の口調という風な文章もあるし、「民権数え歌」というものも付記されていて、リズム感に乗ってしまえばなかなか快感だった。
家族制度からの個人の解放論も婦人参政権を含む男女同権論は、今からすると当然すぎるが、敗戦によってようやく実現したのだとあらためて感慨深い。

本文を読み終わって、家永氏の解説を読み直している時に、他の本を買いに東急百貨店本店にある「丸善&ジュンク堂書店」に行ったら、岩波文庫のコーナーで見つけてしまい、これは自分でも持っていようとしっかり買い込んだ。ネットでも購入できるので、おすすめの文献だ。Amazonのページをご紹介。

いよいよ明後日は歴史的な参議院選挙の投票日。現職の首相が改憲を堂々と掲げて臨んでいること事態が憲法順守義務違反だと思う。GHQの草案に大いに取り入れられた民間憲法案が参考にした植木枝盛の仕事や著作についてご紹介させていただきたく、頑張ってアップした次第。

【2013/07/19 23:58】 | 文献紹介
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<Mより発信>
2013年度第1回例会のご案内です。今年度、JCCU協同組合塾では「未来を拓くために、過去・現在を見つめる」というテーマを掲げることにしました。
 日本生協連は1951年3月、前年の日協同盟総会での決議にもとづき発足。日本生協連の創立総会は、その前年に朝鮮戦争が勃発して米軍占領下の日本も巻き込まれ、マッカーサーが核兵器使用を考えたという緊迫した状況のもとで開催されたのです。そのような中で、「平和宣言」、「平和とよりよき生活のために」が盛り込まれた「創立宣言」が採択されました。
国連軍縮特別総会、その後のNPT再検討会議には日本から核兵器廃絶を訴える声を届けるため、生協からも代表を送り出してきていますが、次回の同会議開催、被爆70周年にあたる2015年に向けて、あらためて生協が平和活動になぜ取り組むのか、どう取り組んでいけばいいのかを考えあう機会にしたいと今回のテーマで学習会を開催します。
戦後の反戦・平和運動、核兵器廃絶運動、被爆者援護運動、世界法廷運動の中で大きな役割を果たしてきた生協の平和活動の歴史について、日本生協連常務理事として平和活動分野でも活躍された齋藤嘉璋さんに講演していただきます。そして日本生協連OBで現在は「NPO法人 ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」の事務局長として活躍されている伊藤和久さんに会の設立から今の取り組みについてご報告していただきます。

【2013年度第1回例会(2013年7/18)のご案内】
テーマ:「生協の平和活動の歴史とこれからの課題」  
講演:斎藤 嘉璋 氏、報告:伊藤 和久 氏  

日時:2013年7月18日(木)
 第1部 18時~20時
 第2部 20時~21時30分 講師を囲んで交流会を行います。
 (飲み物・つまみ付き)
会場:コーププラザ4F 第4会議室
参加費:無料
(但し、第2部交流会参加費の500円をお願いします)

<参加申込方法>
 JCCU協同組合塾には、誰でも参加できます。「こくちーず(告知's)」というシステムを使う参加申し込みの受け付けもしています。下記のイベントページの申し込みフォームから、参加申し込み登録をお願いします。準備の関係上、第2部交流会の出欠もあわせてご連絡ください。
JCCU協同組合塾イベントページ
念のため、URLは以下の通り。http://kokucheese.com/event/index/95729/
また、直前のお申し込みも受け付けております。その際は、ご存知の幹事メンバーにご連絡ください。
以上

【2013/07/16 23:59】 | 企画予定
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映画 日本国憲法読本の表紙

<Mより発信>
冒頭の写真は、
『「映画 日本国憲法」読本』の表紙だが、この画像には写っていない吉永小百合さんの推薦の言葉が載った金色の帯がついている。そこには以下の言葉が書かれていた。
「日本が世界一強力ですばらしい武器を持っていることを知っていますか。それは憲法第9条です。『「映画 日本国憲法」読本』を読んで下さい。世界一の武器の秘密を教えてくれます。」
「映画 日本国憲法」は2006年に渋谷区母親大会で一度観ているが、会場がわかりにくくて遅刻してしまい、冒頭を観ていなかった。そのため、主婦連さんの今回の企画のお誘いをいただいた時に即決した。

そういえば、安倍が首相になって「憲法改正」と声高に言い始めていた頃に観たのだった。その後、2007年夏の参議院選挙で惨敗して辞任。それが昨年末の衆議院選挙で民主党が惨敗した後でゾンビのように首相に返り咲いた。そして自民党に代わる政権党としての民主党に寄せられた国民の信頼が冷めてしまった後での今回の参議院選挙。その公示日前日の上映会&監督講演会となった。そして冒頭の読本も入手した。
この本については、法学館憲法研究所というところでの紹介記事がわかりやすい。

「映画 日本国憲法」を2回目に観た中で印象に残ったことの1つ目。「今の憲法は押しつけだから改正が必要だ」という改憲勢力の言い分について。
大日本帝国憲法は天皇の主権に基づくもので、アメリカ占領軍GHQは当時の幣原内閣に改正案を提出させたが、松本国務相が中心になってまとめたその改正試案は天皇に主権をおいたままのお話にならない保守的な内容だった。出演者のひとり、日高六郎さんが毎日新聞がスクープした松本試案に家族であきれた話をしていた。

そこで日本の非軍事化を強く進めようとしたマッカーサーがGHQのスタッフに1週間以内の作成を指示し、松本試案の拒否とGHQ案を提示したのだった。スタッフたちは世界の先進的な憲法の条文とともに戦後、民間組織でつくられていた憲法案を手に入る限り集めて必死に草案を作った。その様子をベアテ・シロタ・ゴードンさんが語っている。C・ダグラス・ラミスさんが語った言い方がまさにぴったりする。「日本国憲法を政府に押しつけたのは、数か月の間だけ続いた占領軍と日本国民による一種の短期同盟でした。同一の目的をもつ彼らが、政府の権力を制限する憲法を日本政府にのませたんです。だから現在に至るまで、政府の人々の立場からすると、押しつけられた、彼らの権限を制限している、と感じるのでしょう。(中略)また、これだけ長続きしているのは、日本の人々が政府に押しつけ続けてきたからです」

ジョン・ダワーの話。「1947年に日本国憲法が施行され、翌48年には中国に共産党政権が樹立されることが確実となり、東西の緊張が激化する中で1949年に中華人民共和国が誕生し1950年に朝鮮戦争が勃発。その頃にはアメリカ側も日本の再軍備を臨むという政策転換の上で、第9条の改正の圧力を明確にかけてきた」という。
元CIA顧問のチャルマーズ・ジョンソンの話。「日本人は自国の憲法にもっと誇りをもつべきです。日本国憲法は、言うまでもなくアメリカ占領軍が思いついて作成したものではありますが、1950年代の反戦運動などで日本社会に深く根ざすようになりました」
朝鮮戦争が休戦になる前の1951年、自由主義国家陣営とのみ講和するサンフランシスコ平和条約と日米安保条約がセットで締結された。この日米安保体制こそがアメリカの押しつけだということ。

ダワーの話。「問題なのは、平和主義的な政策を固守しつつも、アメリカの政策に完全に従属してしまったことです。アメリカの政策に追従するだけで、真の自治を放棄してしまった。そのことが問題なのです。」
2つ目は、憲法改正は国内問題ではなく国際問題だということ。ジョンソンは、第9条を日本の第2次世界大戦中の侵略行為への謝罪だと言う。「憲法第9条を破棄することは、謝罪を破棄することにほかなりません。そうなれば中国でも、東南アジアの華僑社会でも、朝鮮半島でも『日本はほんとうに謝罪したのか、戦争犯罪の重さをほんとうに理解する気があるのか』という問題が再燃するでしょう。」中国や韓国の出演者がまさにそのことを語っている。

そして上映会後に続いた、ジャン・ユンカーマン監督の講演が流暢な日本語で温かなお人柄が滲み出ていて実によかった。日本在住とのことでその経緯は以下のように映画のチラシの「監督のことば」にあった。
「私が初めて日本を訪れたのは1969年のことである。その頃、ベトナムのジャングルでは50万人以上のアメリカ兵が戦っていた。私は16歳だった。当時のアメリカには徴兵制があったから、いずれは自分も不当で無節操な戦争に参加しなければならないという不安を感じていた。日本の平和憲法は、アメリカにあふれ返る軍国主義と明確な対照を成す、悟りと知恵の極致のように思えた。そのことが日本にいるといつもやすらぎを感じられた理由の一つであろうし、私が長い間、日本に住み、日本で子どもたちを育てようと決めた大きな理由ともなっている。将来、私の子どもたちが、平和憲法をもつ国で子どもを育てる道を選択できなくなるかもしれないと考えると、恐ろしくてならない。」
 この映画をつくった頃の改憲の動きには、全国各地に「9条の会」ができ、その集まりで上映された。そして憲法改正反対の世論が多数派となり、政権交代もあって改憲の動きにストップをかけることができて希望をもつことができた。ところが今回の自民党の憲法改正案をみると、ゾンビどころかエイリアンというようなもっと恐ろしい改正内容が多岐にわたって盛り込まれている。

 そのひとつが「憲法停止規定」があるということ。第一次世界大戦後、ワイマール憲法という当時もっとも民主的な憲法をもったドイツがどうしてまた軍事独裁国家になったかというのは、「憲法停止規定」があったからで、大統領にその権限を与えてしまったことからだ。30数回の憲法停止があり、権力を握ったヒットラーが永久停止をしてしまった。自民党の改正案にはこんな規定まで盛り込まれている。憲法改定規定の96条を変えようとしているのは、自民党もさすがに一回の改定ですべてを変えることができないとわかっているので、今後の選挙で3分の2の議席がとれなくなっても少しずつ時間をかけて多岐にわたる改正を実現しようと考えているのだというご指摘だった。
 前回の時と異なる希望は、前回の時の上映会には50代以上の参加者が多かったが、今回は若い世代の参加者がかなり見受けられることだというお話に会場がどっと湧いた。
 監督ご自身は、続編として沖縄で映画を製作中とのことだった。やはり日米安保体制の一番のしわ寄せは沖縄にある。そこを問う作品の完成を待ちたい。
 しかしながら、「憲法停止規程」ということにはいろいろと考えさせられた。つい先だってのエジプトのクーデターで権力を握った軍部は、選挙で選ばれた大統領を拘束し、憲法停止を宣言した。大日本帝国憲法には天皇に非常大権があったが、適用されたことはなかったらしい。「国家緊急権」の概念だが、それが必要とされるのはクーデターの正当化の時くらいらしい。イギリスの名誉革命以来、国民が国家権力を制限するために「憲法」が生まれたのであり、国民に主権があるというのはそういうことだ。自民党の憲法改正の発想は国家権力に主権をもたせ、その中で国民を縛るものにするという本質がここに明確にあらわれているように思えた。
 今度の参議院選挙で、改憲勢力に3分の2を渡してはならないという思いでいっぱいである。

以下、参考情報をリンクしておく。
Wikipediaの「ヴァイマル憲法」の項はこちら

【2013/07/09 23:27】 | 文献紹介
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20130706デリフランスのキッシュセット50%縮小

<Mより発信>
「被爆者の声をうけつぐ映画祭2013」のため、明治大学のリバティタワーに出かけてきた。映画祭は有志で作る実行委員会と明大軍縮平和研究所の共催で7回目とのこと。昨年末に亡くなった「はだしのゲン」の作者中沢啓治さんの追悼特集が組まれていて、中沢さんを取材したドキュメンタリー映画「はだしのゲンが見たヒロシマ」を観て、監督のトークを聞くことができる午後5時半からの第2部に行った。

「はだしのゲン」は私が中学生の時に『月刊少年ジャンプ』で連載が始まった頃に読んでいて衝撃を受けた。その後は途切れ途切れに読んでいたが、全部読みたくなった。
原画は広島平和記念資料館に寄贈されていて、ドキュメンタリーの中でもその原画を見せてもらいに行ってその前で原画を見ながら話を聞くという場面もあった。
2011年製作の映画の中の中沢さんはまだまだお元気そうで、NPO法人「ANT-Hiroshima」代表の渡部朋子さんがいい感じにお話を引き出しているのを、シグロの石田優子さんが初監督している。

かなりご自身の経験がもとになっているんだなぁということがわかった。塗り師だったお父さんが京都で日本画や蒔絵を勉強した上で仕事をしていて、さらに素人劇団をつくってゴーリキーの「どん底」まで上演していたこと、劇団員全員が警察でかなり長いこと拘留され身体がボロボロになって戻ってきたこと、家族を正座させて「戦争は絶対負ける、そうなったら腹いっぱい食べられる」と話を聞かせたりしたこと、小さい畑で麦を育て「麦のように踏まれて強くなる人間になれ」と言われて育ったことなど、父のDNAや思いを継いだことがよくわかった。

お母さんと2人で生き残れたからこそ生きてこられたことや、手塚治虫の漫画を剥がしてきた映画のポスターの裏で模写しまくって、映画をたくさん観て、早くから漫画を投稿し早くデビューできて、好きなことで飯を食えたことは幸せだったと語る。一方、原爆のことをテーマにした作品も早くから描いてきたが、理解のある編集長がすすめてくれたからこそ「はだしのゲン」の連載は実現したとのことだが、まさに70年安保闘争の後、国政革新の機運が高まった時代の産物でもあったことに気づかされた。

映画もよかったが、石田監督とインタビュアーの渡部朋子さんのお二人によるアフタートーク、参加者との対話がさらによかった。小学校の教室の後ろにあった「はだしのゲン」を読んだという若い人からの発言も嬉しくなった。漫画の魅力として主人公のゲンが明るかったことが指摘されていて、「♪とんがり帽子の赤い屋根~♪」とか歌っている場面が映しだされていたが、中沢さんは「辛い時には空元気でも出さないと生きられなかった」と言っていた。まさにゲンは中沢さん自身の姿だったんだなぁとわかった。

トークの中で、映画が出来上がった後で、ガンが見つかってどんどん弱っていきながらも最後は車椅子で酸素吸入をしながらも広島の小学校で被爆体験を語っていた中沢さんが「自由にものが言えることが大事だ」「平和憲法を守っていかないといけない」ということも力説していたともお聞きして、まさに今の状況をなんとかしなければという思いにかられた。

冒頭の写真は、御茶ノ水駅近くのベーカリーカフェでキッシュとサラダとパンを白ワインでいただきながら、映画やトークの内容を反芻しているところです(^^ゞ

【2013/07/06 23:59】 | 情報
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