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20170721講師の林田光弘さん(当日中野氏撮影分)トリミング.jpg
【2017年度第1回例会(7/21)のご報告】(その2)
※その1は、こちら
※冒頭の写真は、パワーポイントを駆使して講演する講師の林田光弘さん。
 核兵器禁止条約のポイントは、①前文に「HIBAKUSHA=ヒバクシャが受けた容認できない苦しみと被害を心に留める」と入った。②「国際人道法に反する」として核兵器の「開発」「保有」「使用」が明確に禁じられた。③核兵器による「威嚇」も禁じ、核抑止の考え方を明確に否定した。④今後、未加盟の国も入るチャンスが作られた。日本における論点は「核の傘」を再考すること!核抑止論で核兵器があるから大丈夫といい、いざとなったら使いますというのは「平和」なのか。安全保障はないがしろにしないで、核兵器は使われたくないし、使わないでいくという立場でいくべきではないか。
 今後は条約を発効させ、核兵器は悪い、不要という大キャンペーンをして加盟する国を増やし、廃絶までのロードマップを作る必要がある。私たちがやるべきこととして、ダイアナ妃も参加した地雷禁止国際キャンペーンから禁止条約ができたように、まず核兵器でもルールができたことを広く知らせていくこと。そして「被爆体験」を世界に伝え、世界にとっての核兵器のイメージを転換させることが大事。

 「ヒバクシャ国際署名」は「被爆体験」を広げるためのツール。署名は媒体であり、大事なのは何を伝えるかとそのプロセス。安全保障や「核抑止」の議論の中でも、常に被爆者の体験を考え、想像し、伝えていくこと。北朝鮮のことを持ち出すような人にも伝えていく必要がある。「使った時のことを考えていますか?北朝鮮の人々の上にヒロシマ・ナガサキのような非人道的な惨劇を起こしてよいと思うのですか?」「自分たちを守るために核兵器使用は選択肢にしない、そういう高い次元で見ているんですよ」と普通のトーンで語りかけることができるかどうかが問われている。
 「被爆体験」を語るにも壁がある。人間関係が築けて初めて語ってくれる。また、被爆体験は8月6・9日に閉じ込めないこと。その日のことだけでなく、その後の苦しみもある。また、語り部や被団協のリーダーも世代交代が進んでいる。記憶がある80代以上の方と記憶がない70代以下の方との区別もやめなくてはいけない。そうして後世に「被爆体験」を伝えていく必要がある。
そして、“核兵器廃絶”を諦めないこと。馬鹿にされても言い続けること、当たり前でなかったことも当たり前に変わっていく。諦めないで連帯していくことが必要だ。

 質疑応答では、「署名運動の取り組み方について学習が先で署名が後という段階論をとるのがよいのか、並行するのがよいのか、活動参加の場は複線化していくことが大切なのではないか」という質問があり、林田さんは、「署名はその紙を提示して話をすることで相手に私たちの考え方をわかってもらうための媒体。運動にはグラデーションがあるのが当然。敷居をなるべく下げて参加を広げることと、突き詰めて学び研究するような人たちがいることも大事」とさらっと答えられた。第二部の懇親会での「一人ひとこと」タイムでもそこに納得したという声が出され、共感が広がっていた。

 2020年まで取り組まれる「ヒバクシャ国際署名」の今年の総会への提出について「職員の掲示板」に報告記事が掲載されましたが、10月の衆議院解散・総選挙の結果は厳しいものとなりました。核兵器廃絶、平和を守るための憲法改正の議論、つながったものとして学びながら声を上げていくことが求められていると思いました。
(参考)「国連広報センター」の7/7付け「国連会議、核兵器禁止条約を採択」の記事のURLは以下。
http://www.unic.or.jp/news_press/info/25081/
※下の写真は、会場を後方から撮影したもの。 
20170721林田さん講演全体15%縮小トリミング.jpg
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【2017/11/30 00:01】 | 主催企画報告
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ヒバクシャ国際署名ロゴ.jpg
<Mより発信>
 「ヒバクシャ国際署名」は、震災復興募金と同様に、日本生協連、コープ共済連、日生協労組の共同で職員に呼びかける取り組みとなりました。2017年度第1回例会は、SEALDsメンバーとして活動され、長崎の被爆3世として被団協の役員から乞われてキャンペーンリーダーとなって活動されている林田光弘さんにご講演いただきました。人事企画部がこの学習活動に賛同するということで「職員の掲示板」で企画案内を掲載する協力も得ることができました。参加者は35名(講師を含む)で、うち労組員が18名、非労組員が17名でした。冒頭の写真は「ヒバクシャ国際署名」キャンペーンのロゴ。

【2017年度第1回例会(7/21)のご報告】(その1)
1.テーマ:核兵器禁止条約をすべての国に!
        「ヒバクシャ国際署名」を広げよう!

2.林田 光弘 氏
  (「ヒバクシャ国際署名」キャンペーンリーダー、
    元SEALDsメンバー、明治学院大学大学院生)

3.講演概要
 「ヒバクシャ国際署名」の正式名称は「ヒロシマ・ナガサキの被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名」で、核兵器を禁止し廃絶する条約を結ぶことをすべての国に求める内容で、世界の全ての人、特に核保有国とその同盟国の国民に訴えるもの。2016年4月からスタートし、署名の目標数は2020年までに世界数億の人の規模をめざして取り組み、毎年10月に開催される国連総会に提出する(NPT再検討会議が開催される2020年の提出時期は未定)。この運動の最中の今年7/7には核兵器の使用や保有などを法的に禁ずる核兵器禁止条約が国連の条約交渉会議で採択された(50カ国以上による批准の90日後に発効予定)。この会議にヒバクシャを派遣するためクラウドファンディングで募金を呼びかけ、目標の150万円を達成した。
 「ヒバクシャ国際署名」の注目点は、①被爆者の呼びかけによる初めての署名活動、②これまでの枠組みを超えた団体が参加・賛同する国・宗教・イデオロギー・世代を超えた署名であること、③ヒバクシャが呼びかけ、それに応える形で運動が広がっていること。ヒバクシャの願いであると同時に全ての人々の願いであることが明らか。中央の連絡会には40を超える団体が参加し(日本生協連も参加)、都道府県ごとに地域連絡会が結成され、自治体への働きかけも続いている。

 核兵器禁止条約の考え方の基礎、核兵器って他の兵器と何が違うのかを確認したい。核兵器は国際的に禁止されていない唯一の大量破壊兵器であり、大量破壊兵器とは、破壊効果が極めて強力で効果を一定の対象に限定できない兵器のこと。その大量破壊兵器の中で最強で最悪である。
 紛争解決のためとして戦争が起きるが、歴史的に戦時国際法として国際人道法がつくられてきた。戦争の時でも「やっていいこと」と「いけないこと」を分けるルールとして、軍事目標以外への攻撃禁止ということで、降伏者、負傷者、民間人等への攻撃は禁止とされてきた。生物兵器が1972年に禁止。化学兵器が1993年に禁止。対人地雷が1997年に禁止。クラスター爆弾が2008年に禁止。国際的に禁止されていないのは核兵器だけで、それが世界に約15000発もある。(下の写真はパワーポイントの画面。)
201707211林田さんの講演パワポ画面25%縮小トリミング.jpg

 第二次世界大戦中に開発された核兵器は、戦後に結成された国際連合の常任理事国5カ国(アメリカ、フランス、イギリス、ロシア、中国)が特権的に保有を許され、その他の国は持ってはいけないとされてきた。核不拡散条約(NPT)は1970年に発効し、1995年が期限とされた。紛争を抱えながら核保有を許されなかった国の中でインド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮が核兵器を持つようになってしまったが、これらの国の怒りを理解する必要がある。
 1980年代に世界的な反核平和運動の高揚が見られ、ニュージーランドをはじめとして世界の市民団体が連帯し、非核保有国の政府を動かし、国連総会で核兵器の違法性を国際司法裁判所(略称:世界法廷)に訴える決議案を採択させる世界法廷運動を起こした。それが1994年12月に可決され、国際司法裁判所に提訴され、1996年7月に「核兵器の威嚇や使用は、国際法および人道法の原則に一般的に違反する」という勧告的意見が出された(その大きな力になったのは広島・長崎両市長が代弁した被爆者の声だった)。ただし、核兵器以外の方法で自分の国を守ることができない状況に追い込まれた場合、例外的に使用が認められるかについての結論は明言されなかった。1995年が期限だったNPTは無期限延長とされ、NPT再検討会議は繰り返されたが前進せず。

 戦勝国であれば大量殺人も正義とされ、ヒロシマ・ナガサキにより植民地支配から解放されたという受け止められ方がある中で、今回の核兵器禁止条約への流れができた転換点は、2010年のNPT再検討会議の数日前に「核兵器の非人道性」に注目した赤十字国際委員会の総裁声明が出されたことだった。赤十字という医者の立場の人たちが使われたら救護にも行けないというこの視点によって、核を持ってはいけない国々が確信をもった。また、国連の作業部会が核兵器が使われたときの地球環境への影響レポートの説得力も大きかった。そして、NPTで特権をもった5か国による威嚇にいつまでも我慢しないという非核兵器国+NGO(市民社会)が大きな力を発揮して流れを変えることができた。

(その2へ続く)

【2017/11/29 20:17】 | 主催企画報告
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20160330藤田孝典氏講演会(1)80%縮小

<Mより発信>
 第3回例会は、昨年発刊されベストセラーとなった『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』 (朝日新書)の著者であり、埼玉県内で生活困窮者支援に取組む、新聞や様々なメディアでも積極的に発言されている藤田孝典さんにご講演いただきました。子どもの貧困とともに高齢者の貧困も深刻化しており、今回の学習会では、その深刻な実態と要因、高齢者の貧困問題への対処のあり方についてパワーポイントによって豊富なデータとともにわかりやすく報告・解説いただきました。
 話題の講師の企画に小2会議室しか確保できませんでしたが机と椅子を補充して35名の参加者(労組員13名、非労組員22名)で会場がいっぱいになりました。絶妙なタイミングで何度も「暗い話ですが大丈夫ですか」と語りかける講師に「大丈夫です」としっかり答えるやりとりもあり、笑いをとられながらも真剣に聞き入っていました。生協の労働組合でも最低賃金の引上げ、派遣法改悪反対など安倍政権の生活破壊からくらしを守る課題に取り組んでおり、力が湧く企画となったと思われます。
冒頭の写真は、講演をされる藤田さん。

【2015年度第3回例会(2016年3/30)のご報告】
1.テーマ:「高齢社会に備える
  -下流老人にならないために」
  
2.藤田 孝典 氏
  (特定非営利法人ほっとプラス代表理事、
   聖学院大学客員准教授)

3.講演概要
 「下流老人」とは生活保護水準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者をさす藤田さんの造語で、2015年度の流行語大賞にノミネートされた。65歳以上の高齢者の貧困率はアメリカ、韓国に次いで日本が高く、貧困層だけでなく誰でもアクシデントが重なるだけで高齢期は下流老人化する可能性がある。
 下流老人がらみで最近話題になった事件として3つのうち、2015年6/30の東海道新幹線火災事件で焼身自殺をはかった高齢男性は、35年間町工場勤務をしてもらえる年金が12万5千円で、毎月家賃4万と医療費2万がかかり、苦しいときは友人と貸し借りしていてしのいでおり、手元に数万円しかない時点で事件を起こした。『下流老人』が6/15発売で関連して多くとりあげられたとのこと。5万部売れた時点で厚労省が聞きにきて、10万部の時点で財務省が聞きにきて、高齢者に3万円ばらまくという政策につながったように思える。15万部の時点では与野党が聞きにくるようになった。本のタイトルに『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』とつけたのが政権の「一億総活躍社会」に使われたような気がして、登録をしておくべきだった。(会場どっと湧く)
藤田孝典著『下流老人』表紙70%縮小.jpg

 もう1つ話題になった事件として、今年の1/15の軽井沢スキーバス転落事故事件を上げており、65歳の高齢男性運転手が生活苦から苦手な大型バスを運転して死者15名を出したが、死後の遺体の引き取り手もなかったくらい孤立していた。年金が足りないために高齢者が働くのは3K職場が多いということやそういう企業が提供する安いサービスは安全性をないがしろにすることと表裏である問題があること、高齢者が働けるようにすることとともに労働環境の改善の必要性があると指摘。

 下流老人の特長は3つの「ない」で、①収入が少ない、②貯蓄が少ない、③頼れる人がいない。①収入が少ないについては、所得階層論もやっているが、所得の平均値は意味がなく、中央値は700万円でそれ以下4割は下層、上層は2割。それなのに国民の9割がぼんやりと中流意識を持たされていて、下層4割がとるべき行動をとっていないことが大きな問題。この誤った自己認識の問題状況を変えたくて『下流老人』を出した。非正規雇用なのに周囲もそうだと自分も中流と思ってしまっている。「下流老人」という言葉を作ったのも注目をさせるためで、目論見があたった。

 マクロ経済スライドの発動により年金受給額は下げられ続け、20年後には30%下げる目標ですすんでいる。現在も2人世帯で10~20万円に集中しており、一人欠けて病気などになると容易に生活は単に陥る。また今低いと将来はもっと低くなるので、世代間の利害対立という論で分断されているが、非正規雇用は下流老人に直結することから若者の老後が危ない。社会保険料だけでなく税でのテコ入れをしないともたない。3月には若者の貧困問題についても『貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち』(講談社現代新書)という本を出した。「貧困世代」(プア・ジェネレーション)という言葉も話題になるようにつけている。
藤田孝典著『貧困世代』表紙80%縮小

 富の再配分問題を是正していく(所得の中層からの所得税や法人税などとれるところからとる)ために財政学者とも提携をしていく。下流老人を増やさないためには、本人が自虐的な貧困観から脱け出して「受援力」をつけること、支援者もソーシャルアクションを続けることで社会を変えていくことの必要性を強調された。生協も大きな力をもっているので期待しているとのことで、日本生協連の現在の税と社会保障についての政策も大きく見直すべき時がきていると思った。

★なお、藤田孝典さん氏には、3月19日に大阪で開催された日本生協連「生活相談・貸付事業普及研究会報告会」でもご講演いただいています。協同組合塾でもほぼ同じテーマでの講演をお願いしていました。第2回の2/10(水)協同組合塾定例会での企画が生協総合研究所の協同組合法制度研究会での企画と期せずして同様の内容になっていたことと似たような事態になりました。その日の藤田さんのfacebookの記事で「引き続き、日本生協連の皆さんと社会福祉や社会保障の充実を目指して問題を共有していきたいと思います。大きな組織が本気になれば、日本の貧困問題に打撃を与えることが出来ると信じています。」とあり、これは関西での企画と同様に思われたのではないかと思われて、幹事として冷や汗ものでしたが、当日の参加者は日本生協連の労組員だけでなく、会員生協の役員、元役員もいらしたので、当たらずしも遠からずでまぁいいかと思うことにします。
 
下の写真は学習会の全体の様子。
20160330藤田孝典氏講演会(2)80%縮小

(追記)
Facebookへの連動のボタンや拍手ボタンが追加できることがわかり、この記事作成の際に設定してみました。皆様、ご活用をお願いいたしますm(_ _)m

【2016/05/19 23:59】 | 主催企画報告
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20160210協同組合塾例会講師の丸山氏トリミング.jpg

<Mより発信>
 今回の学習会では、生活クラブ連合会で国際担当、1996年の日本生協連韓国調査団・団長を歴任、現在は参加型システム研究所とJC総研で客員研究員をされている韓国生協運動研究の第一人者である丸山茂樹さんを講師にお迎えし、韓国の生協運動の歴史と概況と「協同組合基本法」の内容、ソウル市の「協同組合都市-ソウル構想」の概要とその実践について解説いただいた。冒頭の写真は、講演をされる丸山さん。
 20人の参加があり(労組員10名、非労組員10名)、講演後の質疑応答および交流会でも、丸山氏には丁寧にご対応いただいた。

【2015年度第2回例会(2016年2/10)のご報告】
1.テーマ:「韓国における生協運動と協同組合基本法」  
2.講師:丸山茂樹氏
  (参加型システム研究所・JC総研 客員研究員)

3.講演概要
 韓国では戦前に日本人官僚による官製的な協同組合が組織されたが、その他に自律的な協同組合(金融中心)が1932年には290組合ほど存在、しかし戦争激化の下に弾圧された。
 戦後の自律的な協同組合は1960年代のキリスト者による信用協同組合から始まり、当時の軍事政権側はセマウル金庫法を作ってそれに対抗した。1990年代の金大中、盧武鉉政権下の自由貿易主義政策下で格差社会化が進み、与野党間で激しい対立はありつつも、社会の貧困格差問題をなんとかカバーしなくてはならないという認識は共有化されていた。韓国経済の70%を10大財閥が支配し、年収も大財閥社員・公務員・中小企業社員の間で大きな格差が存在している。

 現在、韓国の地域生協には「ハンサルリム」「iCOOP」「ドゥレ」「幸福中心(旧女性民友会)」の4つのグループが存在する(どの連合会にも属さない生協もある)。「ハンサルリム」と「iCOOP」は全国展開、「ドゥレ」「幸福中心」は首都圏エリアで活動している。(いずれも大きな店舗をもたず有機農法や自然食品などを扱う小さな店舗が事業の中心。)
 「ハンサルリム」はもともと「一つの大きなくらし」という意味で、1980年代に農民運動を基盤にした韓国独自のエコロジー運動から生まれた。日本の生協が都市の労働者や住民の運動として始まったのとは違い、韓国の生協は農民運動家が都市住民を組織した運動として始まっているのが特徴。「幸福中心」は、同時期のフェミニズム運動を基盤にした「女性民友会」から派生した生協で、その後「幸福中心生協」と名称変更した。(1998年に生協法が施行される以前からあったのはこの2つだった。)
 「iCOOP」は1998年に設立されているが、アイデアに富み、設計・建築の専門家を組織し都市開発を進め、住宅団地、生産工場、流通センター、公園などからなる生協クラスターという都市を建設したりもして、政府や自治体からも高く評価されている。激しい情勢変化にも対応して自己変革を行い成長を続けている。商品事業は本部主導で進められている。
 「ドゥレ生協」の「ドゥレ」は「講」とか「結(ゆい)」という意味で、首都圏コープ事業連合と名乗っていた小規模な生協の集まりで、iCOOPと同年に誕生した。商品事業は各生協ごとに進められ、自己変革が進んでいない。

 韓国で生協法が成立したのは1998年で、非常に制約の多い内容であったが、それまで任意団体や社団法人として活動して生協が、生協法人として活動できることとなった。法の成立は日本より50年遅れたが、2010年には生協法が改定され、多くの制約が撤廃、ICA協同組合原則が取り入れられ、連合会が規定されるなど画期的な改定であった。その後の発展のスピードは驚くほど速く、供給は年に15~20%の成長を続けたが、2015年はウォン高や韓国経済の失速の影響を受け、成長は鈍化している。
 2012年には「協同組合基本法」が施行された。これは生協法や農協法などの上位に立つ法律ではなく、既存の協同組合法のままでもよいし、協同組合基本法によってもよい。基本法の場合、5人以上で「協同組合」の設立が可能で、金融・保険以外なんでもでき、日本でできない労働や福祉の協同組合もできる。基本法では「協同組合」と「社会的協同組合」を規定しており、公益事業が40%以上の非営利法人で「社会的協同組合」として認可されると税制等の優遇措置が受けられ、公的な調達先としても優先される。

 市民団体「参与連帯」を設立した朴元淳氏が2011年にソウル市長に当選し、「協同組合都市-ソウル構想」を策定した。朴市長が主導した「グローバル社会的経済フォーラム(GSEF)」でソウル宣言を採択、格差社会の解消のために、1000万人のソウル市民が何らかの協同組合の組合員として民主的な経済の参加者となり、市内GDPの5%、雇用の8%を協同組合が担うことを目指した。2013年に「協同組合活性化支援条例」を制定、2014年には「社会的経済基本条例」を制定して、協同組合だけでなく、コミュニティビジネスや社会的企業をソウル市が人的経済的にバックアップすることになり、朴市長は2014年に再選された。(「参与連帯」は権力をもつ一人ひとりのデータを集積し、立候補前に政党に公認させない落薦運動、公認されてしまったら落選運動というような政治活動を展開してきた市民団体で、そこからソウル市長が生れている。)
 韓国の場合、国政レベルでは複雑な構造があるが、いずれにしても「協同組合」の育成・発展、「参加型経済」を通じて社会の諸問題の解決を目指しており、その動向や成否は注目に値する。
 
下の写真は学習会の全体の様子。
20160210協同組合塾例会全体風景トリミング.jpg

 また、今回の2/10(水)協同組合塾定例会での企画は、期せずして生協総合研究所の協同組合法制度研究会での企画と「韓国の生協運動と協同組合基本法」というテーマで当初予定の2/8(月)の同日程で内容がバッティングしていた。生協総研の企画の講師は、iCOOP 協同組合研究所所長の金亨美さん、協同組合塾の企画は丸山さんということだったが、丸山さんは、金さんとは長いおつきあいがあり、金さんの講演等にはいつも参加されているということだったので、直前で日程を調整し、2/8に総研企画、2/10に協同組合塾の企画というように調整ができた。さらに今回の総研の企画がオープン研究会だったため、塾の方でも再案内のタイミングで合わせてお知らせをしたところ7人が両方の企画に参加し、多角的な情報をいただいたことにより理解が深まったという声をいただいた。業務と自主企画の垣根を超えたコラボレーション事例として貴重だったと思われる。

 日本生協連の50周年記念事業で全国の生協運動の年史編纂事業の責任者だった斎藤嘉璋さんがその後に新書版にまとめた『現代日本生協運動小史』の韓国語版が2012年に「iCOOP」によって出版されている。それを記念して企画された研修会に講師として招かれた嘉璋さんが韓国訪問記をブログにアップされているのでご参照ください。 
嘉璋さんの韓国訪問記の記事はこちら

 なお、初代代表幹事のKさんが日本生協連を卒業された後、共同代表幹事をつとめていただいたYさんが関西の職場に異動することになった。今回の企画提案はYさんからで全体会司会もつとめられており、講師の丸山さんと並んだところがうまく撮れているので記念にアップさせていただく。
20160210協同組合塾例会丸山・柳下氏トリミング.jpg

【2016/02/29 12:56】 | 主催企画報告
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20150730協組塾例会(3)児玉三智子氏講演10%縮小
<Mより発信>
7/30(木)午後6時からコーププラザ2階震災対策室にて開催され、27名の参加がありました(そのうち労組員は19名)。
1951年3/20の日本生協連の創立総会は、その前年に朝鮮戦争が勃発して米軍占領下の日本も巻き込まれ、マッカーサーが核兵器使用を考えたという緊迫した状況のもとでに開催され、「平和とよりよき生活のために」が盛り込まれた「創立宣言」とともに「平和宣言」が採択されました。
国連軍縮特別総会、国際司法裁判所の勧告的意見を引き出した「世界法廷運動」、そのことによって開催されることになったNPT再検討会議には日本から核兵器廃絶を訴える声を届けるため、生協からも代表を送り出してきています。被爆・終戦70周年にあたる今年2015年は5年に1度のNPT再検討会議が4月末から開催され、45生協から91名の代表団の代表団が派遣されました。
JCCU協同組合塾では、核兵器廃絶や平和のための活動もテーマに取り上げてきており、今年度第1回例会を、NPT再検討会議に参加した方々の講演・報告という企画にしました。冒頭の写真は、ご講演をいただいた児玉三智子さん(千葉県在住の広島の被爆者、被団協事務局次長) 

【報告①:日本生協連組合員活動部からの報告 山田浩史さん】
NPT再検討会議に向けた取組みと会議開催中の生協代表団の活動、帰国後の主な取組みを15分にまとめてパワーポイントを使って報告していただきました。写真は、山田さんの報告を聞く参加者たちの様子です。
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【報告②:日本生協連労働組合代表派遣者の報告 武藤睦美さん】
生協労連から25名の代表団が代表派遣され、「国際平和地球会議」に参加し、ニューヨークで署名・宣伝活動やパレードを行うなどの取組みをされてきたことを報告していただきました。写真は、NYの宣伝行動と同じ浴衣姿で報告する武藤さんと横で聞く山田さん。卓上にはNYで使われたプラカード団扇が!
20150730協組塾例会(2)10%縮小

【講演:被団協事務局次長(千葉県在住の広島の被爆者) 児玉三智子さん】
(1)私の被爆体験、(2)核なき世界を求めての行動、(3)千葉県原爆被爆者の被爆体験聞き取り活動実行委員会の取組みについて、お話をいただきました。参加者の感想文から抜粋して下記にまとめてご紹介します(たたまれている部分を参照)。

なお、質疑応答の時間に千葉の実行委員会で共に活動された元ちばコープ理事長の高橋晴雄さんも参加いただいていたので証言集作成・普及の取り組みのお話をしてくださいました。「継承ブログ」にその証言集完成の報告記事がありますのでご参照ください。写真は日本語版とニューヨークでの宣伝活動に活用された英語版の表紙。日本語版をご希望の際は報告記事の文中にあるコープみらい千葉県本部へご連絡ください。
千葉県聞き取り実行委員会作成の被爆証言集の表紙

参加者の感想文からの抜粋が以下にあります。

 
【参加者の感想文からの一部抜粋のご紹介】

(労組員家族・10代男性) 戦争はとても怖いなぁと思った。米国、ロシアで核兵器を93%も持っているんだとびっくりした。もし、核兵器を使ってしまった時のことを考えると恐ろしい。

(30代男性) 大学時代に史学科で終戦について研究しておりました。当時、広島・長崎・沖縄に訪問し、資料館等を見た時の光景があまりにショックで受け止めきれなかったのが思い出されます。あらためて、お話を伺い、労組として一人の人間として、きちんと平和に向けた取り組みをしていかないと思いました。

(40代女性)心に残ったのは「伝えずにいられない」という言葉。自身は戦争体験もなく、資料やお話でしか知ることがなかったが是非、自分も伝えていきたいと思った。

(40代女性) 児玉さんのお話を聞いて心がずっしりと重くなり、核兵器の廃絶を強く願う気持ちになりました。実際に経験されたことは本当につらく、記憶から消してしまいたいでしょうに、これだけ鮮明にお話されることは大変なことだと思います。児玉さんは私の母と同じ歳です。母も戦争体験をしており、よく話を聞きます。母から子、子から孫へと伝え続けていくことで、「戦争を起こしてはいけない」という意識を持ち続けていけると思います。

(40代男性) 「被爆」だけでなく、「戦争」によって被害は拡大したのだと思います。〈子どもの動員、情報統制、さらにはそれによる戦後も風評被害〉黒い雨など、まだ分かっていないことも多くあります。伝えるだけでなく、まだ調べることもたくさんあります。それをするには「平和」が何よりも大切です。平和をつくるために行動していきたいと改めて思いました。

(50代女性) ひとりでも多くの人に被爆証言を聞いてほしいと思いました。東京の学校は平和教育がしにくくなっているので、これからの教育に不安を覚えます。できることをしていきたいと思います。

(50代男性) 児玉さんの被爆体験のお話は、70年前に広島で起こったことを鮮明に語られ、核兵器の悲惨さをあらためて思い知りました。特に4年前に次女が突然ガンで亡くなり、被爆二世への影響の可能性が考えられると言われたことに放射線のおそろしさをまのあたりにしました。コープみらいがかかわって“被爆体験聞き取り集”ができた話は大変うれしく思いました。特に千葉県の全中学校へ寄贈されたことは若い人への継承という点でよかったです。若い人への被爆体験の継承は難しい問題ですが、デジタル志向の強い若者にフィットするヒロシマ・ナガサキアーカイブズといったデジタルコンテンツの作成なども取り組んでいくべき課題だと思います。充実した内容で大変勉強になりました。
以上
NPT再検討会議用パンフイラスト.jpg


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【2015/08/19 23:27】 | 主催企画報告
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