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<Mより発信>
 日本生協連資料室は、資料室の一層の活用をお奨めするために2014年度より「土曜講座」をスタートしています。従来は受講対象を限定していましたが、今年度から、生協に関心のある方や生協を研究対象とされる方々にまで、広く参加を呼びかけることにしたとのことです。生協総合研究所のwebサイトでも紹介記事がアップされました(9/12付のトップページの「Topics」欄の冒頭に掲載されている様子が冒頭の画像)。以下で概要をご紹介します。

【資料室より】2016年度「土曜講座」のお知らせ

<企画概要>
●開講場所:四ツ谷のプラザエフ5階会議室
  会場へのアクセスはこちら
●開催日程:4回開催。
① 10/8(土)、②10/22(土)、③11/26(土)、④12/3 (土)
開講時間は、16時~18時 (講義60分、質疑応答60分)
●参加費:無料
●詳細は、生協総研のwebサイトからダウンロードできます。→こちら

■統一テーマ:
「生協運動の現在につながるテーマについての先駆者に学ぶ」


■開催回・日程・講義内容予定
【第1回: 10/8(土)】
テーマ:「柳田国男の消費組合(生協)論に学ぶ」

講師:堀越芳昭/日本大学講師、JC総研客員研究員、
元山梨学院大学教授、元日本協同組合学会会長、
元生協総研客員研究員

【第2回:10/22(土)】
テーマ:「奥むめおに学ぶ
~戦前・戦後の生協の女性リーダーとして~」

講師:広岡守穂/中央大学法学部教授、(一財)主婦会館評議員

【第3回:11/26(土)】
テーマ:「吉野作造と協同組合~賀川豊彦との協同~」

講師:大川真/吉野作造記念館館長、
国際日本文化研究センター共同研究員、
   尚絅学院大学非常勤講師、
山形県立米沢女子短期大学非常勤講師

【第4回:12/3 (土)】
テーマ:「戦前の消費組合(生協)の組合員活動について」

講師:尾崎(井内)智子/四日市大学講師、
同志社大学人文研究所 社外・嘱託研究員、
元生協総研嘱託研究員

●参加申込方法:下記のEメールアドレスにご連絡いただければ受講申込書を送ってくださるとのことです。必要事項を記入いただき、返信いただくようにしてください。(半角アットマークに置き換えたアドレスで送ってください。)
E-MAIL: shiryou-toiawaseアットjccu.coop
開講日の前日まで受け付けますが、なるべく早めにお申込みくださいますようお願いいたします。

以上

【2016/09/13 19:25】 | 情報
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平和のブックレット表紙15%縮小.jpg

<Mより発信>
 「JCCU協同組合塾」の2013年第1回例会は「生協の平和活動の歴史とこれからの課題」というテーマで開催され、日本生協連元常務理事の斎藤嘉璋さんから「生協の平和活動の歴史」、日本生協連OBで現在は「NPO法人 ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」の事務局長として活躍されている伊藤和久さんから、会の設立から今の取り組みについて、それぞれご講演とご報告をいただき、こちらのブログで講演要旨と報告要旨を掲載しているのを、まず再掲しておきます。
斎藤嘉璋さんのご講演「生協の平和活動の歴史」の要旨
伊藤和久さんの報告要旨
 そして、こちらの情報を参考にしていただき、京都の「くらしと協同の研究所」で、研究誌『季刊・くらしと協同』の戦後70年の昨年2015年の夏号(6/25発行 No.13)で斎藤嘉璋さんへのインタビュー記事が生れました。
「くらしと協同の研究所」HPの『季刊・くらしと協同』のバックナンバーのコーナーはこちら
【争論】 「生活」が先か、「平和」が先か
の中の「暮らしに寄り添えきれなかった戦前・戦中の生協」……齋藤 嘉璋
というところです。
 また、この号の巻頭言として、コープこうべ元理事長、日本生協連第6代会長の竹本成德さんの「戦後70年におもう」という文章が掲載され、この部分は研究誌の全文掲載に先駆けてpdfファイルとして公開されています。

【文献紹介】齋藤嘉璋さんのブックレット『平和とよりよい生活のために 生協の歴史から戦争と平和を学ぶ』

 2014年7月、第2次安倍内閣が集団的自衛権を合憲とする閣議決定をし、2015年にはそれを行使するための安保法制をつくろうとし、それに反対する全国的な運動がSEALDs学者の会ママの会などの新しい運動も生み出しながら「2015安保闘争」とも呼ばれるくらいの高揚を見せました。残念ながら9/19未明に参議院でも強行採決がされてしまいましたが、安保法制廃止と平和憲法を守るための運動は続いています。
 全国の多くの生協で安倍政権の強行採決を遺憾とし、国民のいのちとくらしを守ろうという声明が出され、憲法問題、平和の問題についての組合員学習の場がつくられています。
 齋藤嘉璋さんは、2015年11月にいばらきコープで開催された「コープまなびの場」で講演され、その講演録に加筆修正をされて、標題のブックレットが4月に発行されました。(A5版64ページ 頒布価格 400円+送料)
 生協がなぜ平和活動に取り組むのか、戦前の苦難と戦後の反核平和の歴史を学べる内容になっています。くらしと協同の研究所や参加型システム研究所の研究誌で書評も掲載され(杉本貴志さん、丸山茂樹さんによる)、現在までに5000部を越して普及されています。このブックレットを使っての平和学習会も各地で企画され、ご本人が講師として対応されています。
 ご自身の被爆体験の証言活動を続けている日本生協連第6代会長の竹本成德さんの『さいごのトマト』ともども、ちょうどいま全国の生協役職員向けの書籍共同購入企画「夏のブックフェア」で割引価格で注文することができます。  まだお読みでない皆様には「夏のブックフェア」を利用するか、もしくは直接お手配いただいてお読み下さるようおすすめいたします。すでにお読みの方も周囲の方々におすすめくださることをお願いしたいです。発行元に直接ご注文の際は以下にお願いいたします。
(1)齋藤嘉璋さんのブックレット発行元の地域生活研究所のHPの情報ページは以下。
該当ページはこちら
(2)コープ出版のHPの『さいごのトマト』情報ページは以下。
該当ページはこちら

 安保法制廃止と平和憲法を守る全国署名は今年の6月末までに1350万筆を超えました。7/10の参議院選挙に向けて、野党4党と「市民連合」が政策協定を結んで32の一人区全て統一候補を実現して成果を上げましたが、全体としては戦後初めて、改憲勢力が衆参両院において3分の2を超える議席を占める事態となってしまいました。これから、自衛隊の集団的自衛権行使行動、憲法改悪などを許さない世論を大きくしていく必要があります。
 生協に関わる役職員がこのために考え、行動していくためにも、生協の歴史に学びましょう。ブックレットを読むだけでなく、話し合いもできるような学習の場を各地でもっていきましょう。

※齋藤嘉璋さんのブックレット『平和とよりよい生活のために 生協の歴史から戦争と平和を学ぶ』の目次や、注文方法などは以下を開いてご確認ください。
齋藤嘉璋さんのブックレット『平和とよりよい生活のために 生協の歴史から戦争と平和を学ぶ』
<主な目次>
第1部 戦前・戦中の生協の歴史1.日本の生協の創成期
2.“新興消費組合”の誕生と発展
3.満州事変から日中戦争へ
・思想的政治的弾圧
4.日中戦争から太平洋戦争へ
・組織統制―政党も解散、自由は無し
・経済統制―生協事業の自由喪失
・太平洋戦争―生協に壊滅的打撃
・徴兵、徴用、疎開、空襲
5.“戦争の時代“と生協
第2部 生協の平和活動の歴史1.廃墟のなかから 生協の再建
・平和と民主主義をめざして
2.原水禁運動の最初
3.生協の反核・平和活動の歴史
・日本生協連の反戦・平和の取り組み
・統一原水禁運動への参加
・原水禁運動の再分裂―
・被爆者援護法と世界法廷運動
4.生協の平和活動の特徴
○特別掲載 戦後70年におもう 竹本成德

•A5版64ページ
•発行元・東都生活協同組合(2016年4月12日発行)
•頒布価格 400円+送料
  ※50冊以上 10%引き 送料無料  100冊以上 15%引き 送料無料
●頒布は1冊からお受けいたしますが、可能な限りまとめての注文にご協力ください。
●ご希望の方は(1)注文数、(2)お名前(組織名)、(3)ご住所(4)連絡先を明記のうえ、研究所までご連絡ください。
Eメールは→ office@chiikiseikatsu.org


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【2016/08/15 19:22】 | 文献紹介
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20160727国連大学正面80%縮小
<Mより発信>
 遅ればせながら7/27(水)PM国際協同組合デー中央集会に参加したことのご報告。会場は国連大学のウ・タント国際会議場で、入り口に大きな顔写真があった。私が子どもの頃の国連に関するニュースは「ウ・タント事務総長が・・・」というフレーズが大体入っていたことを思い出した。業務上で急遽の対応が入ってしまって遅れたが基調講演の途中から聞くことができた。

 「震災復興・持続可能な未来 貧困からの脱却・平和について―協同組合への期待―」というテーマで講演された奥田知志さんは元々はNPO抱樸理事長であり、広島から鹿児島までの9県で高齢者の福祉・障がい者の福祉、こどもの福祉、生活困窮者の福祉に取り組んでいる社会福祉法人グリーンコープの副理事長ということで、NPO、生協、ワーカーズコープとの連携の実践者。熊本地震支援の実践から「揺れは平等しかし、被害は差別的であり貧しい、弱いところに被害が集中」、その後の支援も「市民は縦割り」で「非日常的市民参加」にとどまり「想像性や持続性の課題」があると指摘。困窮者支援の取り組みのポイントとともに、安倍政権がすすめる格差拡大により経済的徴兵制の準備がすすんでいること、戦争を可能にする3つの要素として①経済的困窮、②社会的孤立、③思考停止を言及。職業として戦争に行って死ぬ人のことは自業自得だからと意識しない分断社会という指摘は痛かった。
 東日本大震災から5年にスポットをあてたパネルディスカッションの中でもグリーンコープ、生活クラブ生協、ホームレス支援全国ネットワークが提携する公益財団法人共生地域創造財団による蛤浜・折浜カキ養殖を産業復興および生活困窮者支援相互多重型支援事業としてとりくんでいる実践報告も3人のパネリストの報告ともどもよかった。
 325名の参加があったとのことで、下の写真は会場の後方から撮影したものをOBのNさんからいただいたもの。
20160727国際協同組合デーの様子・後ろ3の20%縮小
  終了後、関英昭先生、富澤賢治先生と一緒に事務局の打上げに参加。幹事団体は労協とのことで、JC総研、JA全中、全労済の事務局、講師・報告者の方々とのネットワークが広がった。
以上

【2016/08/01 23:59】 | 情報
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生協人間(再版表紙)40%縮小トリミング.jpg

<Mより発信>
 元コープこうべ理事長、日本生協連第5代会長で、“ミスター生協”とも呼ばれた高村勣さんは昨年(2015年)3/15に逝去され、7/5(日)に追悼展が有志の実行委員会により、コープこうべ生活文化センターを会場にして開催されました。高村さんの生前の活動をふりかえるパネル展示と追悼展にあわせて発行する『髙村勣随想集 生協人間 追悼展特別編集版』の編集にあたり、資料室に保存されてある日本生協連の発行物を存分に活用していただきました。『高村勣随想集 生協人間 追悼展特別編集版』は、追悼展実行委員会が運営募金協力者への配布・当日会場販売用に発行されましたが、さらにもう一回り多くの生協や協同組合について学びたい方々にご活用をいただくため、1周忌を迎えたこの3月に再版されました。

 資料室に戦後まもない時期に出された賀川豊彦の『協同組合の理論と実際』のミニパンフレットの現物があり、灘購買利用組合で働き始めた高村さんが「この小冊子によって腰掛けのつもりがとうとう50年もこの生協で働き続けることになった」ものだとわかって、復刻出版に協力したこともあり、そのエピソードを特別編集版に再録をおすすめしてコープ出版の了解も得て実現した次第です。
 生協の運動と事業を双心円に例えた「矛盾への挑戦」などを読んでいただけば、日本生協連を経営主義に転換させてしまったのが高村さんだという先入観がある方も、きっと目からうろこになるはずです。

 日本生協連の全国生協の役職員向け書籍共同購入企画の初夏のブックフェアでの取り扱い(6/10注文締切り)もされています。現役の役職員は、共同購入価格の割引もありますので、そちらでのご利用をおすすめいたします。なお、その他のご希望の方にも、有償(1冊1,000円+送料)で頒布するとのことです。

【文献紹介】『髙村勣随想集 生協人間 追悼展特別編集版』

 以下、実行委員会が再版にあたって出されたチラシから引用してご紹介します。 なお、高村勣さんの苗字については、ハシゴダカの「髙村」が正字です。
編集:髙村勣さん追悼展実行委員会/発行:(株)甲南堂印刷
規格:A5判・128頁/発行日:2016年3月15日(再版)
 
戦後の混乱の中、腰掛けのつもりで灘購買組合で働き始めた筆者は、新入職員教育で与えられた賀川豊彦の『協同組合の理論と実際』に衝撃を受けて生協に囚われの身となった(「賀川豊彦との出会い」)。神戸の焼け跡を一軒一軒訪ね、組合員を再組織する仕事が生協人生の原点(「初心」)。他社に先駆けたスーパー式店舗導入など、生協発展の基礎を築いた(「Seer」)。
 生協の運動と事業を双心円に例えた「矛盾への挑戦」、日本生協連会長として生協規制の矢面に立った「生協あり方懇」の答申を受けた「雲の上に青空」など、コープこうべに働く若い仲間たちのために職員内報『にじの友』に書き続けたエッセイを中心とした51本。
 既刊の『生協人間』(3冊)未掲載の原稿も多数掲載。神戸新聞に10回連載された「トップの肖像」(1990年)がまとめて読めるのも貴重。個人史を超えて、戦後の生協発展期の歴史を学ぶのにも最適の1冊。

<著者紹介>
髙村 勣(たかむら・いさお)● 元コープこうべ理事長・日本生協連会長。元神戸市社協理事長。1923年、大阪生まれ。46年、コープこうべの前身である灘購買組合入所以来、生協一筋の“生協人間”。85~93年、日本生協連会長。退任後は、パソコンや写真などにも積極的に挑戦。著書に、『生協人間』『生協経営論』など。2015年3月15日、召天。

<主な目次>
第1部  まど:『にじの友』(コープこうべ職員内報)
第2部  随想:①赤えんぴつ(『運営通信』)
     ②思い出の数々と賀川豊彦
       (『生協運動 想いで集』:コープ出版㈱)
     ③近頃あれこれ(『新版・生協人間』)
     ④写心展(写真展パンフ)
第3部  新聞報道:トップの肖像・評伝・追想メモリアル(神戸新聞)
※なお、4月に起きた熊本地震を受けて、「地震と生協」(『生協運動 想いで集』:コープ出版㈱)の文章を特別付録(別冊)としてつけて配本することにしたとのことです。

<頒布の詳細は以下>
頒布価格:1,000円(税込) + 送料(4冊まで100円)
  ※5冊以上は送料500円
申 込 先:株式会社 甲南堂印刷
  ※頒布のみで、書店などでは販売しておりません。
申込方法: 郵便振替口座に代金(送料込)をお振り込みください(手数料はご負担ください)。
  加入者名:水落 稔(ミズオチ ミノル)
  口座記号番号:00930-5-275675
※その他、書籍に関するお問い合わせは、追悼展実行委員会事務局・橋口まで(Email:f-hassyアットnifty.com)

なお、実行委員会事務局による「生協人間」フェイスブックページも開設されました。様々なエピソードも連載されていますので、そちらもお目通しをおすすめいたします。
 「生協人間」フェイスブックページはこちら

【2016/05/25 12:55】 | 文献紹介
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20160330藤田孝典氏講演会(1)80%縮小

<Mより発信>
 第3回例会は、昨年発刊されベストセラーとなった『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』 (朝日新書)の著者であり、埼玉県内で生活困窮者支援に取組む、新聞や様々なメディアでも積極的に発言されている藤田孝典さんにご講演いただきました。子どもの貧困とともに高齢者の貧困も深刻化しており、今回の学習会では、その深刻な実態と要因、高齢者の貧困問題への対処のあり方についてパワーポイントによって豊富なデータとともにわかりやすく報告・解説いただきました。
 話題の講師の企画に小2会議室しか確保できませんでしたが机と椅子を補充して35名の参加者(労組員13名、非労組員22名)で会場がいっぱいになりました。絶妙なタイミングで何度も「暗い話ですが大丈夫ですか」と語りかける講師に「大丈夫です」としっかり答えるやりとりもあり、笑いをとられながらも真剣に聞き入っていました。生協の労働組合でも最低賃金の引上げ、派遣法改悪反対など安倍政権の生活破壊からくらしを守る課題に取り組んでおり、力が湧く企画となったと思われます。
冒頭の写真は、講演をされる藤田さん。

【2015年度第3回例会(2016年3/30)のご報告】
1.テーマ:「高齢社会に備える
  -下流老人にならないために」
  
2.藤田 孝典 氏
  (特定非営利法人ほっとプラス代表理事、
   聖学院大学客員准教授)

3.講演概要
 「下流老人」とは生活保護水準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者をさす藤田さんの造語で、2015年度の流行語大賞にノミネートされた。65歳以上の高齢者の貧困率はアメリカ、韓国に次いで日本が高く、貧困層だけでなく誰でもアクシデントが重なるだけで高齢期は下流老人化する可能性がある。
 下流老人がらみで最近話題になった事件として3つのうち、2015年6/30の東海道新幹線火災事件で焼身自殺をはかった高齢男性は、35年間町工場勤務をしてもらえる年金が12万5千円で、毎月家賃4万と医療費2万がかかり、苦しいときは友人と貸し借りしていてしのいでおり、手元に数万円しかない時点で事件を起こした。『下流老人』が6/15発売で関連して多くとりあげられたとのこと。5万部売れた時点で厚労省が聞きにきて、10万部の時点で財務省が聞きにきて、高齢者に3万円ばらまくという政策につながったように思える。15万部の時点では与野党が聞きにくるようになった。本のタイトルに『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』とつけたのが政権の「一億総活躍社会」に使われたような気がして、登録をしておくべきだった。(会場どっと湧く)
藤田孝典著『下流老人』表紙70%縮小.jpg

 もう1つ話題になった事件として、今年の1/15の軽井沢スキーバス転落事故事件を上げており、65歳の高齢男性運転手が生活苦から苦手な大型バスを運転して死者15名を出したが、死後の遺体の引き取り手もなかったくらい孤立していた。年金が足りないために高齢者が働くのは3K職場が多いということやそういう企業が提供する安いサービスは安全性をないがしろにすることと表裏である問題があること、高齢者が働けるようにすることとともに労働環境の改善の必要性があると指摘。

 下流老人の特長は3つの「ない」で、①収入が少ない、②貯蓄が少ない、③頼れる人がいない。①収入が少ないについては、所得階層論もやっているが、所得の平均値は意味がなく、中央値は700万円でそれ以下4割は下層、上層は2割。それなのに国民の9割がぼんやりと中流意識を持たされていて、下層4割がとるべき行動をとっていないことが大きな問題。この誤った自己認識の問題状況を変えたくて『下流老人』を出した。非正規雇用なのに周囲もそうだと自分も中流と思ってしまっている。「下流老人」という言葉を作ったのも注目をさせるためで、目論見があたった。

 マクロ経済スライドの発動により年金受給額は下げられ続け、20年後には30%下げる目標ですすんでいる。現在も2人世帯で10~20万円に集中しており、一人欠けて病気などになると容易に生活は単に陥る。また今低いと将来はもっと低くなるので、世代間の利害対立という論で分断されているが、非正規雇用は下流老人に直結することから若者の老後が危ない。社会保険料だけでなく税でのテコ入れをしないともたない。3月には若者の貧困問題についても『貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち』(講談社現代新書)という本を出した。「貧困世代」(プア・ジェネレーション)という言葉も話題になるようにつけている。
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 富の再配分問題を是正していく(所得の中層からの所得税や法人税などとれるところからとる)ために財政学者とも提携をしていく。下流老人を増やさないためには、本人が自虐的な貧困観から脱け出して「受援力」をつけること、支援者もソーシャルアクションを続けることで社会を変えていくことの必要性を強調された。生協も大きな力をもっているので期待しているとのことで、日本生協連の現在の税と社会保障についての政策も大きく見直すべき時がきていると思った。

★なお、藤田孝典さん氏には、3月19日に大阪で開催された日本生協連「生活相談・貸付事業普及研究会報告会」でもご講演いただいています。協同組合塾でもほぼ同じテーマでの講演をお願いしていました。第2回の2/10(水)協同組合塾定例会での企画が生協総合研究所の協同組合法制度研究会での企画と期せずして同様の内容になっていたことと似たような事態になりました。その日の藤田さんのfacebookの記事で「引き続き、日本生協連の皆さんと社会福祉や社会保障の充実を目指して問題を共有していきたいと思います。大きな組織が本気になれば、日本の貧困問題に打撃を与えることが出来ると信じています。」とあり、これは関西での企画と同様に思われたのではないかと思われて、幹事として冷や汗ものでしたが、当日の参加者は日本生協連の労組員だけでなく、会員生協の役員、元役員もいらしたので、当たらずしも遠からずでまぁいいかと思うことにします。
 
下の写真は学習会の全体の様子。
20160330藤田孝典氏講演会(2)80%縮小

(追記)
Facebookへの連動のボタンや拍手ボタンが追加できることがわかり、この記事作成の際に設定してみました。皆様、ご活用をお願いいたしますm(_ _)m

【2016/05/19 23:59】 | 主催企画報告
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20160330講師の藤田孝典氏新著『貧困世代』表紙.jpg

<管理人より>
クラウドファンディングはなかなか面白い手法です。この間、私は「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」のデジタルアーカイブ構築のためのクラウドファンディングを応援するなどをしてきて、今年の2/1から3/31までの取組みで目標の150万円達成したとのことで、その快挙を喜んでいました。
「motion-gallery」でのプロジェクトページはこちら

クラウドファンディングは、インターネット上の寄付というふうに考えていましたが、リターンがあることで会計上で事業活動とみなされて、いろいろとややこしい認定NPO法人の寄付金の使い方の規制などとの関係でも活用できるらしいということもわかってきて、興味が湧いてきました。
そこで、クラウドファンディングについてネット検索して調べてみました。以下、「知恵蔵miniの解説」からの引用です。
クラウドファンディング
ある目的、志などのため不特定多数の人から資金を集める行為、またそのためのネットサービスのこと。大衆(crowd)と財政的支援(funding)を組み合わせた造語であり、ソーシャルファンディングとも呼ばれる。クラウドファンディングの実施者は、インターネットを利用して不特定多数の人々に比較的低額の資金提供を呼びかけ、必要とする金額が集まった時点でプロジェクトを実行する。米国では2008年に創設された「Kickstarter」が有名であり、12年7月3日までに6200のプロジェクトが参加、合計2億2900万ドルの資金調達に成功している。日本では「CAMPFIRE」や「READYFOR?」を代表とし、映画系・ファッション系・アート系・地域活性化系など、ジャンルを特化したサイトも多数登場している。 (2012-09-03)

3/30の協同組合塾例会の講師の藤田孝典さんのFacebookの記事に、生活困窮状態にある障害者のグループホーム増設のためのクラウドファンディングをやっているという情報がありました。冒頭の写真は藤田孝典さんの新著『貧困世代~社会の監獄に閉じ込められた若者たち』の表紙画像です。
「READYFOR?」のプロジェクトページはこちら

このプロジェクトは第1目標の100万円をクリアし、4月末までに200万円をめざして継続中ということです。
「READYFOR?」のページでは「リターンを購入する」とはっきり書いてあります。このプロジェクトでは、3000円の応援のリターンがサンクスメールだけというのが、ちょっと面白いと思えます。さらにプロジェクトの公開後、いろいろなご意見をいただきいて一部リターンを修正したということです。
●1万円のリターンで『下流老人』か新刊の『貧困世代』を選択可能に
●3万円のリターンで3冊贈呈
●5万円のリターンで4冊贈呈+藤田以外のスタッフによる講演の開催
もしかして当初、藤田さんが講演するとかしていたのだったら、藤田さんの身体がいくつあっても足りませんよね。
こちらの趣旨にご賛同いただけるようであれば、ご支援をよろしくお願いいたしますm(_ _)m

【2016/04/14 12:16】 | 情報
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藤田孝典著『下流老人』表紙70%縮小.jpg

<Mより発信> ※藤田さんの講演が近づいたため、2015年12/28の記事アップを再掲いたします。

【文献紹介】藤田孝典著『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』(朝日新書)

 もう10年以上前のことだろうか。街角で『ビッグイシュー』とかいうタイトルの雑誌を売る姿が気になっていた頃、ビッグイシュー日本の方の話を聞く企画が日本生協連の有志によって開催された。私は残念ながら参加できずにバックナンバーだけでもと頒けていただいて『ビッグイシュー日本版』の実物を読んで衝撃を受けた。ホームレスの仕事をつくり自立を支援するためのストリートマガジン事業はイギリスから始まり、日本でも始まっていたということで、その内容も読み応えが十二分にあった。以来、私はHPをチェックして面白そうなテーマの号はJR四ツ谷駅頭の販売員さんから買って読んできた。設立10周年のシンポジウム企画で浜矩子さんの話を聞いてきた内容はこちらでも報告済み
 その後、テレビの報道等で私が住んでいるさいたま市に生活困窮者支援のNPO法人「ほっとプラス」というところがあることがわかり、一度きちんと知りたいものだと思ってきた。協同組合塾の幹事会で幹事のYさんから千葉の生活クラブ生協で「ほっとプラス」の藤田さんの講演会があって好評だったという情報と塾でも講演してもらおうという提案があり、2015年度の企画でお願いすることになり、その後、2016年3/30(水)で講演を引き受けていただいた。そしてYさんからベストセラーの『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』を回してもらって読んだ。まさに、「老後の貧困はひとごとではない」ということに共感した。
 「下流老人」とは普通に暮らすことができず“下流”の生活を強いられる貧困高齢者を意味する造語とのこと。現在の高齢者だけでなく、近く老後を迎える人々にも「一億総老後崩壊」ともいえる状況が生れる危険性が増しているという。
 日本には、相当にボロが出ているとはいえ国民皆保険制度があるが、アメリカにはないので中流の人々も個人的蓄えを使い尽くせば生活保護を受けることになるという話はよく聞いていた。敗戦後、対米従属の政策をとってきた日本だが、曲がりなりにもある程度の社会保障制度を整備させてきていたが、非正規雇用をどんどん拡大させていくことを野放しにしている政権のもとで、貧困層が増大している。自分がそういうことに直面するまできちんと向き合って考えないできている日本人が多すぎるのではないか。
 藤田さんは本書の中で、高齢者が貧困に陥る典型パターンを5つ挙げている。
〔1〕本人の病気や事故により高額な医療費がかかる
〔2〕高齢者介護施設に入居できない
〔3〕子どもがワーキングプアや引きこもりで親に寄りかかる
〔4〕熟年離婚
〔5〕認知症でも周りに頼れる家族がいない
 こういう状況に陥っている人、陥る可能性が否定できない人はみんな「ひとごと」ではないはずだ。「自分でできる自己防衛策」の章では、下流老人にならないためだけでなく、なってしまった場合にどうすれば安らかな老後を送れるかということまで言及されている。キーワードには「プライドを捨てよ」「『受援力』を身につけておく」という言葉もある。
 最終章の「一億総老後崩壊を防ぐために」の冒頭に「下流老人の問題が、人間のつくった社会システムの不備から派生しているものであるなら、その社会システムを変革できるのもまた、人間である。これからのあるべき社会のビジョンを示しながら、わたしたちの社会をどのように構築し直していけばよいのか、やや挑戦的、試行的に述べたい」とある。
 資本主義社会では一定の貧困層が出てくるのは避けられず、社会的な富の再配分の手段として生活保護制度があるのだから、受給者に厳しい目を向けるのは確かにおかしい。年金や介護保険と同様に権利として受けやすくしていくための提言もなるほとど思えた。
 以上、簡単にご紹介してきたが、3/30の協同組合塾の例会に参加する前に予習として読まれることを是非ともおすすめしておきたい。
(追記)
国民年金等の受給額が少ない場合に、不足分を生活保護を受けることができるということを本書で初めて知った。社会保障制度についてきちんと勉強する必要を痛感している。

【2016/03/23 12:55】 | 文献紹介
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<Mより発信>
3/30に開催されるロバアト・オウエン協会第157回研究集会をご案内いたします。以下、生協総研のHPのロバアト・オウエン協会コーナーの案内記事より引用してご紹介します。
【ロバアト・オウエン協会第157回研究集会
 大学生協運動の展開② 
  ~1970~80年代にかけて~】
  このたびは以下のようなシンポジウム形式で行ないます。3年前の企画で好評をいただいた第145回研究集会「創世期の大学生協運動とその後の展開-1950~60年代にかけて-」(2013年3月28日開催、演者<岩垂弘、岡本好廣、斎藤嘉璋>『ロバアト・オウエン協会年報38』所収)を受けて企画するものとなります。 
 論客の揃うなか、限られた時間ですが質疑も行います。広範なご参集をお願いいたします。

日時:2016年3月30日(水) 14:30~18:20
場所:主婦会館プラザエフ 5階 会議室
 ※プラザエフの地図はこちら
参加費:無料

プログラム
14:30 中川雄一郎会長 開会挨拶
14:35 藤岡武義 氏
 「1970年代前半の大学生協運動と私の体験」
15:05 岡安喜三郎 氏
 「『学生運動』からの解放」
15:35 高橋晴雄 氏
 「1970~80年代における大学生協」
16:05 休憩
16:20 小塚和行 氏
 「大学生協の連帯を考える~1970~80年代の大学生協運動を振り返って」
16:40 亀井 隆 氏
  「大学生協が1980年代に急成長した要因について」
17:00 福島裕記 氏
 「1980年代 会員生協と連帯の関わり~九州を例に」
17:20 パネル討論・質疑応答(座長 : 斎藤嘉璋 氏)
18:00 座長まとめ
18:20 終了予定

◎参加を希望される方は、Eメール・郵便・FAX・電話等にて、下記のロバアト・オウエン協会事務局へ前日までに、ご連絡下さい。
ロバアト・オウエン協会 事務局(中村範子)
 〒102-0085 千代田区六番町15番地プラザエフ6F 公益財団法人生協総合研究所内
 TEL:03-5216-6025 FAX:03-5216-6030 E-mail:noriko.nakamura@jccu.coop

【2016/03/13 22:59】 | 情報
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<Mより発信>
3/15に開催される公益財団法人 生協総合研究所 2015年度公開研究会をご案内いたします。以下、生協総研のHPの案内記事より引用してご紹介します。

【国際協同組合の最新動向 -トルコ・アンタルヤICA総会(2015年11月)をめぐって-】
 2015年11月9日~13日、トルコ共和国・アンタルヤで国際協同組合同盟(総会)が各国から1000人以上の参加者を集めて開催されました。全体のテーマは「2020年に向けて、あなたの協同組合はどのような姿になっているだろうか?」。

 そこで今回は、会議に参加され、国際協同組合全体の動向を熟知しておられる伊藤治郎氏(『生活協同組合研究』2016年2月号を参照)と天野晴元氏を中心に、協同組合をめぐる最新動向と議論の状況、課題を私的な見解を踏まえつつご報告いただきます。なお今回は、ICAや国際協同組合に関する基本にも触れるため、少し関心を持ってみたいという方々にも対応する内容となっています。幅広い皆さまの参加をお待ち申し上げます。

日時:2016年3月15日(火) 18:00~20:00
 ※開場は17:30
場所:主婦会館プラザエフ 5階 会議室
 ※プラザエフの地図はこちら
参加費:生協総合研究所の個人会員および団体会員の役職員 無料
上記以外は1,000円

プログラム
17:30 開場
18:00 開会あいさつ 小方 泰(生協総合研究所・専務理事)
18:05 伊藤治郎(日本生活協同組合連合会・渉外広報本部長)
 「ICAアンタルヤ総会と協同組合の課題」
18:45 天野晴元(日本生活協同組合連合会・国際部部長)
 「ICAブループリントの第2フェーズ」
19:15 鈴木 岳(生協総合研究所・研究員)
 「ICAを知るための10章」
19:35 全体の質疑応答
20:00 終了
 *司会:山崎由希子(生協総合研究所・研究員)

お問合せ
 公益財団法人 生協総合研究所
 〒102-0085 東京都千代田区六番町15 プラザエフ6F
 TEL : 03-5216-6025  FAX : 03-5216-6030  E-mail: ccij@jccu.coop

【2016/03/12 12:59】 | 情報
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藤田孝典著『下流老人』表紙70%縮小.jpg

<Yより発信>
 今回は、昨年発刊されベストセラーとなった「下流老人~一億総老後崩壊の衝撃」 (朝日新書)の著者であり、埼玉県内で生活困窮者支援に取組む、新聞や様々なメディアでも積極的に発言されている藤田孝典氏(特定非営利法人ほっとプラス代表理事、聖学院大学客員准教授)に講演いただきます。
 子どもの貧困とともに高齢者の貧困も深刻化しており、藤田氏は「生活保護水準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」 を「下流老人」と名付けました。正規職員で定年まで働き厚生年金をもらっていても、誰でも起こりうるいくつかのアクシデントが重なるだけで、藤田氏のいう「下流老人」化する可能性があります。今回の学習会では、その深刻な実態と要因、高齢者の貧困問題への対処のあり方について報告・解説いただき、生協に対する期待についても触れていただく予定です。
 (なお、藤田氏には、3月19日に大阪で開催される日本生協連「生活相談・貸付事業普及研究会報告会」でも講演いただく予定で、協同組合塾でもほぼ同じテーマでの講演をお願いしております。)
 現在、非常に多忙な藤田氏のお話を聴く貴重な機会ですので是非ご参加ください。

【2015年度第3回例会(3/30)のご案内】
テーマ:「高齢社会に備える-下流老人にならないために」  
講師:藤田孝典さん(特定非営利法人ほっとプラス代表理事、聖学院大学客員准教授) 

日時:2016年 3月30日(水)
 第1部 18時~20時
 第2部 20時~21時30分 簡単な交流会を行います。
 (飲み物・つまみ付き)
会場:日本生協連コーププラザ2F 震災対策室
参加費:無料
(但し、第2部交流会参加費の500円をお願いします)

<参加申込方法>
 JCCU協同組合塾には、誰でも参加できます。ご存知の幹事メンバーにご連絡ください。準備の関係上、第2部交流会の出欠もあわせてご連絡ください。
また、「こくちーず(告知's)」というシステムを使う参加申し込みの受け付けもしています。下記のイベントページの申し込みフォームから、参加申し込み登録をお願いします。
JCCU協同組合塾イベントページ
念のため、URLは以下の通り。
http://kokucheese.com/event/index/379603/
以上

【2016/03/09 18:34】 | 企画予定
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20160210協同組合塾例会講師の丸山氏トリミング.jpg

<Mより発信>
 今回の学習会では、生活クラブ連合会で国際担当、1996年の日本生協連韓国調査団・団長を歴任、現在は参加型システム研究所とJC総研で客員研究員をされている韓国生協運動研究の第一人者である丸山茂樹さんを講師にお迎えし、韓国の生協運動の歴史と概況と「協同組合基本法」の内容、ソウル市の「協同組合都市-ソウル構想」の概要とその実践について解説いただいた。冒頭の写真は、講演をされる丸山さん。
 20人の参加があり(労組員10名、非労組員10名)、講演後の質疑応答および交流会でも、丸山氏には丁寧にご対応いただいた。

【2015年度第2回例会(2016年2/10)のご報告】
1.テーマ:「韓国における生協運動と協同組合基本法」  
2.講師:丸山茂樹氏
  (参加型システム研究所・JC総研 客員研究員)

3.講演概要
 韓国では戦前に日本人官僚による官製的な協同組合が組織されたが、その他に自律的な協同組合(金融中心)が1932年には290組合ほど存在、しかし戦争激化の下に弾圧された。
 戦後の自律的な協同組合は1960年代のキリスト者による信用協同組合から始まり、当時の軍事政権側はセマウル金庫法を作ってそれに対抗した。1990年代の金大中、盧武鉉政権下の自由貿易主義政策下で格差社会化が進み、与野党間で激しい対立はありつつも、社会の貧困格差問題をなんとかカバーしなくてはならないという認識は共有化されていた。韓国経済の70%を10大財閥が支配し、年収も大財閥社員・公務員・中小企業社員の間で大きな格差が存在している。

 現在、韓国の地域生協には「ハンサルリム」「iCOOP」「ドゥレ」「幸福中心(旧女性民友会)」の4つのグループが存在する(どの連合会にも属さない生協もある)。「ハンサルリム」と「iCOOP」は全国展開、「ドゥレ」「幸福中心」は首都圏エリアで活動している。(いずれも大きな店舗をもたず有機農法や自然食品などを扱う小さな店舗が事業の中心。)
 「ハンサルリム」はもともと「一つの大きなくらし」という意味で、1980年代に農民運動を基盤にした韓国独自のエコロジー運動から生まれた。日本の生協が都市の労働者や住民の運動として始まったのとは違い、韓国の生協は農民運動家が都市住民を組織した運動として始まっているのが特徴。「幸福中心」は、同時期のフェミニズム運動を基盤にした「女性民友会」から派生した生協で、その後「幸福中心生協」と名称変更した。(1998年に生協法が施行される以前からあったのはこの2つだった。)
 「iCOOP」は1998年に設立されているが、アイデアに富み、設計・建築の専門家を組織し都市開発を進め、住宅団地、生産工場、流通センター、公園などからなる生協クラスターという都市を建設したりもして、政府や自治体からも高く評価されている。激しい情勢変化にも対応して自己変革を行い成長を続けている。商品事業は本部主導で進められている。
 「ドゥレ生協」の「ドゥレ」は「講」とか「結(ゆい)」という意味で、首都圏コープ事業連合と名乗っていた小規模な生協の集まりで、iCOOPと同年に誕生した。商品事業は各生協ごとに進められ、自己変革が進んでいない。

 韓国で生協法が成立したのは1998年で、非常に制約の多い内容であったが、それまで任意団体や社団法人として活動して生協が、生協法人として活動できることとなった。法の成立は日本より50年遅れたが、2010年には生協法が改定され、多くの制約が撤廃、ICA協同組合原則が取り入れられ、連合会が規定されるなど画期的な改定であった。その後の発展のスピードは驚くほど速く、供給は年に15~20%の成長を続けたが、2015年はウォン高や韓国経済の失速の影響を受け、成長は鈍化している。
 2012年には「協同組合基本法」が施行された。これは生協法や農協法などの上位に立つ法律ではなく、既存の協同組合法のままでもよいし、協同組合基本法によってもよい。基本法の場合、5人以上で「協同組合」の設立が可能で、金融・保険以外なんでもでき、日本でできない労働や福祉の協同組合もできる。基本法では「協同組合」と「社会的協同組合」を規定しており、公益事業が40%以上の非営利法人で「社会的協同組合」として認可されると税制等の優遇措置が受けられ、公的な調達先としても優先される。

 市民団体「参与連帯」を設立した朴元淳氏が2011年にソウル市長に当選し、「協同組合都市-ソウル構想」を策定した。朴市長が主導した「グローバル社会的経済フォーラム(GSEF)」でソウル宣言を採択、格差社会の解消のために、1000万人のソウル市民が何らかの協同組合の組合員として民主的な経済の参加者となり、市内GDPの5%、雇用の8%を協同組合が担うことを目指した。2013年に「協同組合活性化支援条例」を制定、2014年には「社会的経済基本条例」を制定して、協同組合だけでなく、コミュニティビジネスや社会的企業をソウル市が人的経済的にバックアップすることになり、朴市長は2014年に再選された。(「参与連帯」は権力をもつ一人ひとりのデータを集積し、立候補前に政党に公認させない落薦運動、公認されてしまったら落選運動というような政治活動を展開してきた市民団体で、そこからソウル市長が生れている。)
 韓国の場合、国政レベルでは複雑な構造があるが、いずれにしても「協同組合」の育成・発展、「参加型経済」を通じて社会の諸問題の解決を目指しており、その動向や成否は注目に値する。
 
下の写真は学習会の全体の様子。
20160210協同組合塾例会全体風景トリミング.jpg

 また、今回の2/10(水)協同組合塾定例会での企画は、期せずして生協総合研究所の協同組合法制度研究会での企画と「韓国の生協運動と協同組合基本法」というテーマで当初予定の2/8(月)の同日程で内容がバッティングしていた。生協総研の企画の講師は、iCOOP 協同組合研究所所長の金亨美さん、協同組合塾の企画は丸山さんということだったが、丸山さんは、金さんとは長いおつきあいがあり、金さんの講演等にはいつも参加されているということだったので、直前で日程を調整し、2/8に総研企画、2/10に協同組合塾の企画というように調整ができた。さらに今回の総研の企画がオープン研究会だったため、塾の方でも再案内のタイミングで合わせてお知らせをしたところ7人が両方の企画に参加し、多角的な情報をいただいたことにより理解が深まったという声をいただいた。業務と自主企画の垣根を超えたコラボレーション事例として貴重だったと思われる。

 日本生協連の50周年記念事業で全国の生協運動の年史編纂事業の責任者だった斎藤嘉璋さんがその後に新書版にまとめた『現代日本生協運動小史』の韓国語版が2012年に「iCOOP」によって出版されている。それを記念して企画された研修会に講師として招かれた嘉璋さんが韓国訪問記をブログにアップされているのでご参照ください。 
嘉璋さんの韓国訪問記の記事はこちら

 なお、初代代表幹事のKさんが日本生協連を卒業された後、共同代表幹事をつとめていただいたYさんが関西の職場に異動することになった。今回の企画提案はYさんからで全体会司会もつとめられており、講師の丸山さんと並んだところがうまく撮れているので記念にアップさせていただく。
20160210協同組合塾例会丸山・柳下氏トリミング.jpg

【2016/02/29 12:56】 | 主催企画報告
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賀川豊彦の協同組合の7つの中心思想.jpg
<Mより発信>
東京学生消費組合の十周年に際して賀川豊彦が送った揮毫「未来は我等のものな里」については、このブログで既に記事を書いている。その記事はこちら
大学生協連がある周年記念でそのレプリカ(複製)の額を全国の生協に贈っていたのだが、それに触発されて灘神戸生協が標題の揮毫を全国の生協に贈ったというエピソードをご紹介したい。
大学生協連は、「1984年度トップ研修セミナー」で当時の灘神戸生協組合長理事だった高村勣さんに「生協の現状と80年代の展望」というテーマで講演をしていただき、講演録を『大学生協経営資料』1984年2月発行の第46号に掲載している。当時の大学生協連の専務理事だった高橋晴雄さんが依頼をして実現したのだが、その高村氏は冒頭に「大学生協というと先入観があり、みなさんの波長にあう話などできないのではと思っていましたが、先日送っていただきましたみなさんの機関誌を読んで安心いたしました。福武会長の文章には時々お目にかかっていましたが、福武先生の論旨ははなはだ明快であり、そしてしかも非常に常識的であり、同じ生協運動者として琴線にふれるものがあったわけであります。そういう意味で、これだったら安心して何とか話ができるのではないかと思って来ました」と話を切り出されており、このセミナーは高村さんから大学生協連は路線的に遠いと思われていた距離感がなくなった画期的なものだったことがわかる。
そして灘神戸生協の歴史と現状を語り、賀川豊彦の考えた「協同組合の中心思想」について、戦後に灘生協(存命中は合併前だった)に講演でいらした際に「先生、何か書いてください」とその場で立ったままサッサッサと書かれた揮毫を額にして常勤役員の会議室に掲げられてあったものをコピーで紹介しながら語られている。そして講演資料として部下にコピーをさせながら、「おい、ひとつこれをコピーして全国の生協の仲間に進呈しようやないか」ということになり、作業指示をして講演にきたのだと語っているのだった。
この講演録は、昨年2015年3月に高村さんが亡くなって、追悼展を有志による実行委員会で開催することになり、高橋晴雄さんが掲載された『大学生協経営資料』も是非とも展示をしてほしいということで、資料室にも現物がないかを問合せをしていただいたことで貴重な資料だということがわかった。
この講演録からは一部分が、1999年に発行された高村さんの随想集『新版 生協人間』にも抄録として「生協の経営と経営者」というタイトルで掲載されているが、そのあたりのエピソードは載っていない。
最近、コープネット事業連合で賀川豊彦研究会をされているKさんが資料の閲覧にいらした際に、「賀川豊彦の協同組合の中心思想」の額を絵葉書にしたものを写真立てに入れたものをプレゼントしてくださったので、そのエピソードをお知らせしたところ、「知らなかった」と喜んでいただいた。
そこで、こちらのブログでもご紹介させていただくことにした。以下はKさんが絵葉書の附属資料にされている文からコピペさせていただく。冒頭の写真は、その資料からの転載。

【賀川豊彦の揮毫「協同組合中心思想」】
   コープネット事業連合 賀川豊彦研究会
 1954年、当時灘生活協同組合(現コープこうべ)の田中俊介組合長の要請により、賀川豊彦がその場で書いた協同組合中心思想です。 ※原版は1995年阪神・淡路大震災で焼失!(→焼失したのではなく瓦礫の中に埋まっていたという証言コメントをいただきました。)
◆生協運動に対する賀川豊彦の思想が7つの言葉に集約されています。
《利益共楽》
 安心・健康・福祉など人間の生活を向上させる利益を一人一人が力を分かち合い、共に豊かに幸せになろうとする協同組合運動の姿を意味している。
《人格経済》
 カネ(金)を中心に、強い者が勝ち弱い者が没落する利益追求の資本主義社会ではなく、いかに人間の尊厳を確保し、人間中心の経済社会を確立することを意味している。
《資本協同》
 労働の蓄積である貯蓄を互いに出資し合い、協同の理念のもと、生活を豊にする生産のための資本として活かすことを意味している。
《非搾取》
  弱者の犠牲の上に成り立つ、搾取によるカネ(金)持ち支配の社会ではなく、自由・平等で利益を分かち合える、共存共栄の社会を創造することを意味している。
《権力分散》
  権力が集約されることなく、個人個人が人間としての主権が保障され、一人ひとりが自分自身で自覚し、自立し、行動することの必要性を意味している。
《超政党》
  特定政党に偏することなく、生活者、消費者の立場で主張し、要求する生活協同組合の姿勢を意味している。
《教育中心》
 人間的な生活を確立するためには、個人個人の意識向上が必要である。それには、生活者一人ひとりの教養を広め、高める教育が重要であるということを意味している。

(追記)(コメントをいただいて2/26修正)
上記にもあるように、コープこうべにあった原版は阪神・淡路大震災で失われてしまったのだが、残った部分が確認できたのは「教育」の部分だったと元こうべの職員の方にお聞きしている。やはり協同組合は「教育」が大事だと何か象徴的に感じてしまった。そして、原版は失われても全国の生協に贈られたレプリカで賀川豊彦の揮毫に接することができるのは幸いというしかない。

(2/27写真の追加)
20150705こうべにある賀川豊彦の揮毫のレプリカ50%縮小
この記事を見た日本生協連のOGから、昨年亡くなった髙村勣さん(元コープこうべ理事長、元日本生協連会長)の追悼展(昨年7/5)に行かれた時に撮影したというレプリカの額の写真を送ってくださった。会場だったコープこうべ生活文化センターの2階にあったとのこと。
このような額が全国の生協にあるはずであり、是非ともこのような情報を共有化していただきたいと思っている。

(3/4追記)
日本生協連においては、渋谷コーププラザ12階の役員打合せ室に掲げられていることが確認できた。

【2016/02/24 19:59】 | 文献紹介
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「協同組合の中心思想」その後…
hassy
倒壊したコープこうべ本部の瓦礫から掘り出されたブツの目撃者です。確かに「教育中心」の言葉以降(左側)が残っていました(焼失ではなく瓦礫に埋もれておりました)。まさに“中心思想”で、何よりも教育が大切と、賀川さんが教えてくれたのでしょうね。
これを竹本理事長(当時)が持った写真? 新聞記事?があったように思うのですが…。それにしても…掘り出されたブツは、どこに行っちゃったんでしょうねぇ??


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「平和とよりよい生活のために」石黒武重先生揮毫50%縮小
<Mより発信>
 全国の生協の役職員向けの「CO・OP手帳」の表紙裏には、「平和とよりよい生活のために」という達筆の揮毫とカッコ書きで(1951年3月日本生活協同組合連合会『創立宣言』より)と注記が入っている。1985年より前からずっと入っているが、近年になって由来がわかるようにと注記が追加されていた。ところがこの注記により、日本生協連の創立宣言自体が毛筆で書かれていてそこからの抜粋と思っているという誤解をしている方が何人もいることを知って驚き、またそもそも手帳の裏の揮毫はどなたの手になるものかを調べたことについては既にこちらで記事アップしている。
その記事はこちら

今回は、そもそも日本生協連の創立宣言そのものを読もうとしてインターネット検索をしても見つからないし、すぐに読みたい場合はどうしたらよいかというお問合せをいただいた。そこで、日本生協連創立50周年事業として編纂された『現代日本生協運動史・資料集』(CD-ROM版)』から、「日本生活協同組合連合会創立総会議案書」より「日生協創立総会で採択された綱領、創立宣言、平和宣言」の部分をご紹介させていただく。

【日生協創立総会で採択された綱領、創立宣言、平和宣言】
綱 領
一、本連合会は生活協同組合相互の友交を深め、組織の全国的統一強化を図る。
一、本連合会は搾取なき社会の建設を目指し、勤労大衆の生活の向上を図る。
一、本連合会は国際協同組合同盟を支持し、世界平和の確立を図る。

創立宣言
 日本における生活協同組合運動の歴史は実に棘の道であった。この過程において心ならずも戦列を去った同志は幾人かあった。
 しかし、いま、われわれは更に重大な民族の興亡を決する危局に直面している。平和は全人類の悲願であるにもかかわらず、第三次世界大戦の危機は迫り、国際情勢は極度に緊迫している。われわれ協同組合運動者は第二次世界大戦の惨禍を自覚し、国際協同組合デーには常に「平和の使徒」たらんことを世界の同志と共に誓い合って来た。平和と、より良き生活こそ生活協同組合の理想であり、この理想の貫徹こそ現段階においてわれわれに課せられた最大の使命である。
 われわれはその使命を強力に達成せんがため、今日、日本生活協同組合連合会の創立総会を挙行した。この全国連合会の結成はわれわれのかねてよりの願望であり、久しい間の懸案であったが、ここにその全国の力が結集され、統一連合会として巨歩を踏み出したことは、日本の生活協同組合運動史上に一大エポックを画するものと確信する。かく考えると新連合会の使命は真に重大であるが、われわれの周囲には解決しなければならない問題が山積している。即ち消費生活協同組合法は欠陥に充ち、金融の道はとざされ、全く現資本主義経済機構はわれわれの成長を拒否しているとさえいえる。しかも時局の進展は再統制の徴をさえ示し、勤労大衆の生活は再び大きな犠牲に供されようとしている。
 われわれは新しい出発に際し、日本に於ける生活協同組合運動の苦闘の歴史を正しく継承すると共により大きな団結の力をもってこの祖国の危局に対処し、われわれの前にある一切の障害を打破し、生活協同組合の活動の自由と勤労大衆の生活擁護のために闘うことを誓うものである。
 全国の同志諸君!日本生活協同組合連合会の下に団結し、われわれの主体的体制を強化し、国際協同組合同盟の旗の下に力強く前進しよう。

平和宣言
 われわれは原子爆弾の悲惨な体験を通じ戦争に対し強い憎悪の念をいだいている。然るに今や再び戦争の危機は増大し、国際情勢は極度に緊迫している。
 しかし平和の保証がなければ勤労大衆の生活権の擁護は絶対に達成されない。国際協同組合同盟が常に世界の協同組合運動者に対し、平和への決意と行動を訴え、平和経済体制を確立しようとつとめているのも右の目的を達成せんがためである。
 われわれは茲に日本生活協同組合連合会の結成に際し、この国際協同組合同盟の方針を堅持し、平和の決意を新にすると共に生活協同組合運動を通じて世界平和と勤労大衆の生活擁護のために闘うことを誓うものである。
 右宣言す。
1951 年3月20 日
195103日生協「創立宣言」原本70%縮小.jpg
上の写真は、「創立総会」資料より「創立宣言草案」のガリ版刷りの原本。「草案」に×がついたり、書き込み修正が入っている。筆文字で書かれているわけではないことがわかる。

※日本生協連の資料室では『現代日本生協運動史・資料集』(CD-ROM版)』の総目次を全3巻の冊子版掲載分との照合情報も含めてエクセルファイルで作成し、キーワード検索機能ができるようになっています。四ツ谷の主婦会館の5階なのでアクセスは便利です。気軽にご利用をおすすめします。

【2016/02/13 12:55】 | 文献紹介
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hassy
 昨年亡くなった髙村勣さん(元日本生協連会長)が、1980年に“生協運動と平和”に関して綴った文章がありました。『生協人間(追悼展特別編集版)』収録。同著には、平和をテーマにしたエッセイが多く収録されています。

平和への決意
 平和を語ることがなんとなく勇気ある発言という感じになってきている。それほどにキナ臭いということである。善隣友好条約によってソ連がアフガン侵略を始めた。強いアメリカを唱えるレーガンが大統領に選ばれたのは、日本で自民党圧勝と同根の国民感情からきていると分析されている。
 1958年、戦後初めてのICAアジア大会に故田中組合長と共に参加した賀川豊彦は、アジアの協同組合の仲間に平和を訴えた。1957年のICAストックホルム大会に出席した日生協の中林会長も平和問題を協同組合に提起し、今年のモスクワ大会では、中林会長の平和提案が各国の共感を呼び高い評価を得たのは、日本の生協運動の一貫した世界平和への熱意であった。
 政治的対立で分裂していた広島・長崎での反原爆、平和訴求への運動を統一集会にまとめてきたのも日生協を中核とした中立諸団体の貢献が大きい。11月5日の全国生協大会での中林会長のアピールは、生協運動が果たさねばならない平和への役割であった。
 今こそ政治やイデオロギーの立場を超えて、暮らしを守る平和への希求を生協運動の根源に位置づけることを決意表明しなければならない時代がやってきた。
「まど」(1980・12・ 1)


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201512『久友会だより』No.82表紙60%縮小.jpg
<管理人より>
 日本生協連職員OBの大野省治さんからご寄稿をいただきましたので、ご紹介いたします。
 「生協運動久友会」(現在では役員などのOB会に改組されている)が年2回発行している『久友会だより』に寄稿され、2015年12月号=No.82に掲載された自分史に補筆されたものです。なお、冒頭の写真は掲載号の表紙です。

【寄稿】 大野省治氏「私の人生」
(おおの しょうじ  元全国消団連事務局長)

  私の家族
 私は1930年生まれ、支那事変の名で中国侵略が開始されたのは小学校1年の7月7日。大戦は1945年8月15日終わった。当時旧制中学校以上の学生・生徒は「学徒動員令」という勅令により強制的に工場で働くことになり、旧制高校専門学校以上の学生は徴兵され戦場へ行った。
 二兄は陸軍予備士官学校に合格。航空隊の通信士官となり中国南昌飛行場大隊に配置され少尉中隊長。妻の兄は同じく徴兵令、海軍経理学校に合格し主計少尉参謀となって航空特攻機発進基地に配置された。
 我が家から長兄は第六師団から山砲隊員として北支から中支へ転戦、更に仏印、暹羅へと転戦し、敗戦となって帰国。もう一人は久留米師団からビルマへ派遣され、高い山をいくつも越えて敗戦を迎え、生き長らえ辛うじて帰国。だが内地にいた一人は佐賀高校生で、学徒動員長崎造船所で勤務中に原爆被爆し死去。もう一人は大牟田市三川国民学校高等科の教員として児童の指導をしていたが、夏の強い日差しを受け戸外作業指導中熱中症となり、製氷工場が空爆で製氷不能となり看病も虚しく死去した。
  私の戦時体験
 私は中学3年生、8月7日正午頃三池染料工業所に勤務中にB−24の編隊爆撃を受けた。私は警報が鳴ると逸早く工場の退避壕へ隠れた。幸いにして爆発音聞きながら過ぎ去るのを待った。被害を受けずに助かり、私の今日がある。
 幼稚園の頃の歌は肉弾三勇士など軍歌が中心。軍国主義教育で一貫していた。旧制中学では物理の教師が海軍中尉で、宿題に軍人勅諭の丸写しを出すなど物理学と軍人勅諭がどんな関係があるのかと不満を覚えた。だが礼儀の項は覚えていたので師団から来た査閲官から唱えてみよと命じられて、私は長い文句を口述したので褒められた。教育の軍事化というのは“殴りつけてでも実施させること”が徹底していた。

  8月7日、大牟田空襲
 敗戦の色濃くなって、空襲警報が発せられると、夜でも即刻三里小学校の防衛に駆けつけた。8月7日の正午頃米軍大型爆撃機の編隊が大牟田市上空を襲った時は、工場の防空壕に逃げ込んだ。広島の翌日である。幸い私は命だけは助かったが、逃げ遅れた相当数がいて、爆弾で工場敷地一帯に工員らの死体が転がっていた。社屋・工場は崩壊、無惨。中学同級生が7名戦死した目も当てられない惨状。米軍爆撃機による爆撃の最中に大牟田の高射砲陣地から発射した砲弾が敵の爆撃機B−24に命中し撃墜させた。高射砲陣地兵士はよく戦ったと思う。
 私は中学3年生、被爆直後、工場から帰宅を許されると直ぐ近所に撃墜された機体を見に学友と二人で出かけた。夕方近いが8月の空は明るく、畑の上に横たわるB-24は壊れ、機内が露出して見えた。地面に叩きつけられ、米軍乗務員の丸く腫れ上がった遺体が折り重なっていた。機関砲や砲弾等武器・通信機も転がっていたが、手出しはせず見るだけで現場を離れた。つい先程は三池染料の骸炭工場付近で殺された女子事務員や工員、朝鮮から動員されて来ていた少年工員の腕や胴体が切断された死体を目の前で見てきたのだ。
 撃墜されて死んだ敵の飛行士数人を目の前にしても、私は気の毒とも可愛そうなどの感傷はなかった。これが戦争の実態なのだ。自分は生きている、と確かめた。同級生で肩下に焼夷弾が当たり腕を失った友があったが、成績の良かった彼は若くして死去した。2日後の9日、長崎に原子爆弾が落とされ、私は有明海の東側から西海岸の雲仙岳と多良岳の間に、入道雲のような原子雲を眺望した。
 8月15日敗戦の日が過ぎて、アメリカ兵と街なかで顔を合わせることがあっても、まだ戦時中の敵対感覚であり、振り向きもせず通り過ぎた。英語の友成先生が、中学校へ来訪したアメリカ人と話を交わして居るところを見かけてから、やっと敗戦となった現実を認識するゆとりが出てきた。

※戦後以降の分は以下のところを開いてお読み下さい。
  佐賀大学に入学
 戦後、私は中学4年生になって理科系へ進むことを決めた。理科系の古書を古本屋であさり細胞学・進化論遺伝学の学習に力を入れた。生物学の中島幹先生と話し込むことが楽しくなった。研究者になる夢を抱くようになる。進学は甘くなく5年卒で熊本の旧制第五高等学校理乙を受けたが合格しなかった。浪人かと思いきや新制高校というのが出来たので浪人せずに新制佐賀大学の理学専攻に合格できた。
 理学専攻の学生は1学年80名、その大半が医学部のプレメデカルコース選択。学部長が生物学の専攻でリベラリスト島地威雄先生。旧制浦和高校校長、佐賀高校校長を経て佐賀大学文理学部長となられた。

  恩師の受難に抗議
 佐賀高校の数学教授和田浩先生は教職員組合の推薦で佐賀県地方労働委員に就任していた。佐賀市内で労働争議が発生した際、当該企業の社長がアメリカ軍政部へ駆け込んで労働問題を軍の手で抑えてほしいと陳情した。米軍は一方的に企業の利益を擁護して、労働組合側に不利益な措置を執り、労働者側の推薦で委員として活動している佐賀高校教授和田氏を偽証罪で有罪の実刑と罰金刑を下した。その事が新制大学の教授任用の障害となった。和田助教授はホグベンの百万人の数学を教材として大学の数学講座で教壇に立ち、私も受講していた。その和田浩先生が受難である。旧制佐賀高校が閉校すると同時に失職するに至る。
 私はまだ19歳であったが自治会結成を成功させて学部学生自治会副委員長に選出された。私は教授会の不当な措置を全学に知らせ、和田助教授の不採用に抗議の意思表示を行った。大学当局を代表する光岡教授の判断は軍政部に寄添い、事もあろうに大学教職員組合長でありながら大学の運営委員の重役に就任した。この事実は即不当労働行為である。和田氏の基本的人権を擁護すべき大学教職員組合委員長の任務を放棄し軍政部に迎合。労働法で見れば同教授はマッチポンプ・矛盾した委員長兼重役そのもの。昭和24年6月1日制定の労働組合法第2条但し書き1号の役員に当たり、第7条の不当労働行為である。

  スト執行で退学処分
 私は自治会役員として、このような不当な措置に抗議しようと学部自治会委員長も含め合意のもとに学生大会を開催し、多数の支持を得てストライキを議題とした。執行委員長が演壇に立ってスト突入を提案、即可決となった。私は副委員長でこの議事進行を見ていた。執行委員長は委員長席からストを提案しスト可決を議決、その直後に執行委員長が辞任を申し出た。片や旧制九州大学から来ていた学連オルグ福元君はストの扇動者で「突入せよ」と初めから食い下がっていた。ストの実施の可否は自治会最高責任者である学部執行委員長の手中に有った。執行拒否も採否は委員長の判断である。委員長が拒否権を発動するかもしれないと思っていたが、そうせず委員長辞任という想定外の異常事態となった。副委員長の私は、自ら委員長代行となって壇上に立ち、本日の大会でのストライキ提案の手続きは有効であり、前委員長の議決措置は順当で大会決議は執行しなければならない旨言明。私は執行委員長代行として最低本日を含め短時日のスト執行を確認して学生大会を終了させ、その他の案件については執行部一任として閉会する旨宣言した。副執行委員長兼執行委員長代行の大野はその時点で退学処分を覚悟。退任した前任委員長は当局と前もって打ち合わせをしていたものと推定。
 その後、私は大学当局から学長室へ招かれて処分通知を受けた。不本意ながら不知火寮からも退去を求められた。荷物を纏めて若干名の友人との別離コンパを開いて大牟田の自宅へ帰り、兄と母に報告。資金協力を願い、長兄から上京のための貴重な経費を支出して頂いた。
 父は定年退職後の慰労として四国遍路に出かけていて留守、父へのお詫びの挨拶も抜きで上京。戦後4年そこそこ、1949~50年以降の私は、医学進学課程の路を2年生の途中で閉ざされた。

  東大生協で再出発
 東大生協の食堂で皿洗いから始まる再出発となった。自業自得。アッケラカンなスト後の人生となったが、個人としては大きな損害であった。占領政策に便乗しレッドパージを強行した大学当局の実力者英語松岡教授に対する抗議の意思表明の場は作れず、ストの責任を問われて学長から退学処分を言い渡された。
 そこで東大学生新聞の林重太氏を頼って東大生協に就職したという経過である。東大生協での勤務中にこれと言えるほどの大きな仕事はできなかったが、塚崎宏・藤川一栄両氏の推薦で日生協・消団連の仕事を戴けた事が、人生における貴重な転機となった。
 塚崎・藤川両氏の指定どおり私は、1956年1月9日、神田神保町の日生協を訪ね、専務理事常務理事他責任者の面接を受けて、事務局員として従事する貴重な機会となった。

  消団連事務局から日生協貿易部門を経て消団連事務局長17年
 全国消団連にて取り組んだ仕事は、消費者問題の数々、初期の課題ばかりで貴重な体験となった。次に出てきた課題は大きすぎる課題でした。
 新聞購読料金独禁法違反を告発した・・。全国に呼びかけ新聞各社購読料の一斉値上げ分不払い運動は一挙に100万の読者の参加拡大したが、公取は一転不問処分を決定し挫折。
 大野は消団連事務局員を外され、貿易会社への左遷。北洋材輸入業務の習得。貿易会社の実務研修。茂山鉄鉱石の受け渡し、八幡製鉄(株)への納入。大豆の輸入と国内売りさばきに従事した。そして中国の「文化大革命」、中国貿易と友好商社問題に遭遇。北朝鮮への出張等めまぐるしく経過し、しかも適切に対処できた。先輩や同僚たちの声援の賜である。この間9年余を経て、私への人事異動が転がってきた。
 中林貞男名誉会長、正田彬慶応大学教授両氏からの提唱で、消団連事務局の手法が市民団体から煙たがられているので「人事を一新せよ」とのアドバイスを受け、元事務局員大野に再度やらせて改善の方策を探れとの指名人事提案であった。
 大野自身としては好むところであり、全国消団連事務局長を約17年全力投下、務め上げ結果は幸運であったと自画自賛している。
以上
(追記)
 大野さんをネット検索したところ、まずウィキまとめの記事に「昭和5(1930)年9月25日~ 昭和・平成期の消費者運動家。」とあった。
 その次には、横浜市栄区のHPに「特定非営利活動法人お互いさまねっと公田町団地」大野省治理事長ということで、日本住宅公団(現在のUR都市機構)が建設した公田町団地(住居数1,160戸、33棟)に「お互いさまねっと」 を立ち上げたことについての記事があった。
「入居当時は子育て世代が多かったこの団地も、46年経った今では子どもたちも巣立ち、高齢化を迎えています。 もともと自治会を中心に福祉活動などが盛んでしたが、団地内で発生した「孤独死」をきっかけに、“みんなが気持ちよく、永く住み続けられるまちづくり”を目指し、20年8月に「お互いさまねっと 公田町団地」を立ち上げ活動を開始しました。 」
詳細はこちら
今後のご健勝とご活躍を願わずにいられない。


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【2016/02/03 18:30】 | 文献紹介
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<Yより発信>
 日本に一番近い国・韓国の生協運動について、皆さんはご存知ですか?
今回の学習会では、生活クラブ連合会で国際担当、1996年の日本生協連韓国調査団・団長を歴任、現在は参加型システム研究所とJC総研で客員研究員をされている韓国生協運動研究の第一人者である丸山茂樹さんを講師にお迎えし、韓国の生協運動の歴史と概況と「協同組合基本法」の内容、ソウル市の「協同組合都市-ソウル構想」の概要とその実践について解説いただきます。
 韓国では1999年に生協法が施行され、それまで任意団体や社団法人として活動していた「生協」が、生協法人として活動できることとなりました。更に、2012年に協同組合基本法が施行され、5人から協同組合を設立することができ、事実上事業範囲の制限が撤廃されて、あらゆる分野での事業活動が展開できることになり、社会的協同組合も多数誕生しました。
 また、ソウル市では、2011年に誕生した朴市長のもとで「協同組合都市-ソウル構想」が発表され「社会的経済基本条例」が制定されました。日本と同様に非正規社員化が進み、格差の拡大、貧困問題が深刻化している韓国において、ソウル市ではこれらの問題解決の大きな柱に、協同組合育成を位置づけているわけです。日本生協連では「2020年ビジョン第2期中期方針(案)」の重点課題で、「安心してくらせる地域社会づくりへの参加」を位置づけていますが、このソウル市での実践は、私たちにとっても大いに参考になると考えます。

【2015年度第2回例会(2/10)のご案内】
テーマ:「韓国における生協運動と協同組合基本法」  
講師:丸山茂樹さん(参加型システム研究所・JC総研 客員研究員) 

日時:2016年 2月10日(水)
 第1部 18時~20時
 第2部 20時~21時30分 簡単な交流会を行います。
 (飲み物・つまみ付き)
会場:日本生協連コーププラザ4F 小3会議室
参加費:無料
(但し、第2部交流会参加費の500円をお願いします)

<参加申込方法>
 JCCU協同組合塾には、誰でも参加できます。ご存知の幹事メンバーにご連絡ください。準備の関係上、第2部交流会の出欠もあわせてご連絡ください。
また、「こくちーず(告知's)」というシステムを使う参加申し込みの受け付けもしています。下記のイベントページの申し込みフォームから、参加申し込み登録をお願いします。
JCCU協同組合塾イベントページ
念のため、URLは以下の通り。
http://kokucheese.com/event/index/366626/
以上

【2016/01/12 19:07】 | 未分類
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